日本のクラシック音楽シーンにおける師走の風物詩として、
ベートーヴェンの「第九」が盛んに演奏されるという特色を挙げることができます。
昨年は、新型コロナウィルス禍の影響で公演数は大幅に減少しましたが、
録音や動画配信等でお楽しみになった方も多いことでしょう。
今年はいくつかのオーケストラで「第九」公演が行われるようです。
2020年は、楽聖=ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)の
生誕250年にあたりました。
小学校高学年の頃からオーケストラを聴くことに強い興味を持つようになった私に
とって、ベートーヴェンの交響曲の交響曲全曲を聴くことが先ず最初の目標でした。
カラヤン指揮:ベルリン・フィルの演奏会で、ベートーヴェンの田園と第5
というプログラムを聴いた時の情景は、まだ脳裏に鮮明に残っています。
明日から9曲の交響曲をあらためて番号順に探訪していく予定ですが、
今日はまず、私のベートーヴェンへの畏敬の念の一端を述べておきたいと思います。
写真:「第九」フルトヴェングラー&バイロイト祝祭管弦楽団盤(LP)
"クラシック音楽"いうジャンル名にそのまま使われている、
古典派(クラシカル)の時代は、実は一つの時代として括ることが
難しい面を持っていると考えられます。なぜならば、
フランス革命・ナポレオンの登場がこの時代を前後に分断しているからです。
ハイドン(交響曲や弦楽四重奏曲の父)や
モーツァルト(オペラや協奏曲を飛躍的に発展させた大天才)の
前半生は、神聖ローマ帝国の封建社会の柵の中に在りました。
当時としては長生きをしたハイドンは、
晩年になるとロンドンのザロモンに招聘されて
ロンドンで多数の交響曲を発表する機会に恵まれましたが、
このことには、フランス革命以降の時代の息吹と、
イギリスに始まった産業革命による経済の発展と都市文化の興隆、
などの影響があると考えられます。
モーツァルトに至っては、自ら封建社会の柵をかなぐり捨てて、
(同時期の日本にたとえるならば、坂本龍馬のように脱藩して)
単身ウィーンに乗込んで、謂わばフリーランスとして活動を始めました。
フランス革命以後の時代の芸術家の在り方を先取りした訳です。
そして、若手から壮年期・全盛期をフランス革命以降の時代で過ごした
ベートーヴェンは、雇い主の依頼に応じてせっせと曲を書く職人の時代から
自分が納得するまで作品を推敲した上で世に問う芸術家の時代に移行したことを、
その作品群から明確に感じさせてくれる存在になったのでした。
私個人としては、ソナタ形式などの楽曲構成原理の活用法の革新の見事さ、
動機労作を駆使して作品全曲に有機的な意味を持たせて
ひとつの音宇宙に仕立て上げる見事さを筆頭とする創意工夫と、
音楽そのものの精神的質量の拡大に、大いに興味をそそられてきましたし、
敬服してきました。
My Spiritual Teacher の一人であることは言うまでもありません。
では、明日からの交響曲第1番〜第9番の探訪を、どうぞお楽しみに!
写真:《運命&未完成》カラヤン&ベルリン・フィル盤(LP)

