<ISCM-ACL World Music Days '88 香港>
珍道中記~その1
私の海外渡航初体験記を披露しましょう!
何しろスキー三昧だった私の青春時代でした。
海外旅行にも行かず、
作曲と音楽の勉強は日本で充分とばかりに、
年に20~30日もゲレンデに居る始末だった
私の20歳台でした。ですから、29歳になるまで、
私は日本の外に出ることが無かったのです。
今の私をよく知る人には、信じられないかもしれませんが、
私は、海外に対してはとても晩生(奥手)だったのです。
それにしても、現在の私から振り返ってみると、
もっと早く海外体験を積んで、もっと若いうちから
日本を外から客観的に見る経験を持てば良かったと、
少々残念に思いますが・・・。
若い皆さんへの激励も込めて、私の海外初体験珍道中記を
ご紹介することにしましょう。
自分自身は海外に出なくても、25歳を過ぎたあたりから、
自分の作品が海外で演奏されることが、
ポツポツと始りました。
そして1987年に、アメリカの演奏家から委嘱された作品、
<DISTRACTION for Clarinet and Piano>が誕生しました。
"その作品の初演に立ち会うためにアメリカを訪ねた"
というならば話は簡単ですが、
その初演にはまだ立ち会えませんでした。
その頃丁度、再演作品でも応募可能という
アジア作曲家連盟(Asian Composers League)主催の
新しい試みのコンクールとして、ACL青年作曲賞
(ACL Young Composers Awards)の第1回開催が、
ACLの日本支部でもあるJFC=日本作曲家協議会から
告知されていました。
”この作品ならひょっとして!" と直感した私は、
JFCの日本支部予選に早速応募してみたところ、
幸運にも日本代表作品に選考されたのでした。
代表作品は、1988年10月に香港で開催される
<ISCM-ACL World Music Days '88 Hong Kong>の
1公演として開催される
<ACL Young Composers Awards 本選会>に進出して
演奏審査によって1~3位が決定するということでした。
しかも、その作曲家は音楽祭に招待されるという好条件で、
(渡航費は支部負担・滞在費は香港主催者負担)
遂に私は海外に行くことになったのでした。
小学生時代から勉強はどんな科目も好きでしたが、
英語だけは嫌いだった私ですから、もう水杯ものの覚悟で、
成田空港から一人で飛び立ったのでした。
当時はまたインターネット時代ではありませんでしたから、
連絡は電話かファクスか郵便でした。
主催者から提供されるはずの宿泊の確約の知らせも
受け取れないままの旅立ちになりました。
当時の香港の空港は古い啓徳空港で、
パイロット泣かせの超難度進入航空路で有名でした。
着陸直前に、右側窓際の席だった私の視界には、
九龍城と言われた年代物の猥雑なビル群が
まるで主翼をかすめるように迫り、
物干しで洗濯物を乾す老婆の姿まで肉眼で見えてしまい、
怖いやらびっくりすすやら・・・
いきなり珍道中エピソード全開となりました。
YouTubeで香港啓徳空港に着陸する航空機の映像がアップ
されていたので、貼り付けておきます。
いやはやスリリングな着陸シーンですよ!
YouTube / 747 Steep Bank Hong Kong
YouTube / Kai Tak landings from Kowloon Mall (1998)
香港珍道中記は明日以降に続きます。