<ISCM世界音楽の日々2001横浜大会>への苦難の道のり
でしたが、2000年度終盤になると、各方面からの助成金、
協賛金、寄付金等の金額決定や内諾の情報がほぼ揃い、
とにかく開催は実現できそうだという所に漕ぎ着けました。

〘<ISCM世界音楽の日々2001横浜大会>実行委員会〙 
名誉会長:高秀秀信(横浜市長)
名誉顧問:齋藤 龍(財団法人横浜市文化振興財団理事長)
大会会長:松平頼曉(作曲家/日本現代音楽協会委員長)
実行委員長:松尾祐孝(作曲家/日本現代音楽協会事務局長)
副委員長:小鍛冶邦隆(作曲家/日本現代音楽協会国際部長)
     渡壁 煇((作曲家/日本現代音楽協会委員長)
実行委員:中川俊郎(作曲家/日本現代音楽協会国際部長)
     安良岡章夫(作曲家/日本現代音楽協会広報部長)
     長塚義寛(財団法人横浜市文化振興財団事業推進課長)
     金子哲理(横浜みなとみらいホール企画室長)
事務局長:福士則夫作曲家/日本現代音楽協会副委員長)
こどもみらい2001プロデューサー:
     坪能克裕(作曲家/日本現代音楽協会委員長)
インスペクター:佐藤昌弘(作曲家/日本現代音楽協会会員)
        久行敏彦(作曲家/日本現代音楽協会会員)

このような陣容の実行委員会でしたが、
実働的な会議としては日本現代音楽協会の委員会
(現在の理事会)と上記実行委員会メンバーの現音会員による
実行委員会が機能していました。
勿論、数回にわたる横浜市関係者との合同実行委員会も
行なわれ、重要な案件の公式承認等を積み上げていきました。
開催約半年前には、東京都内で記者発表も行ないました。

世界中からの情報を満載したプログラム冊子の編集・作成も、
膨大な労力を要する難事業でした。
デザインまで外注するととても予算が足りないという事で、
ポスターやプログラム冊子等の印刷物については、
私自らがラフ・スケッチを起こして、
それを基に事務局スタッフの竹田知弘さんがデザインをする、
という事務局内製仕様で対応しました。

冊子のデザインは既に先行記事添付の写真で
ご紹介していますが、WMD2001ロゴマークも、
JSCM新ロゴマークも、こそもみらい2001ロゴマークも、
全て竹田さんのオリジナル・デザインなのですよ!
素晴らしい出来栄えで、内外関係者からも大好評を得ました。

・・・<WMD2001>ロゴマーク・・・
$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-WMD2001ロゴマーク

・・・<JSCM>ロゴマーク & <こどもみらい2001>ロゴ・・・
$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-JSCMロゴ&こどもみらいロゴ


そしていよいよ、悲願のISCM世界大会日本初開催まで
あと一ヶ月をきった9月11日・・・
9.11.・・・セプテンバー・イレブン・・・
あのアメリカ同時多発テロが起きてしまいました。
正に世界が震撼した瞬間でした。

世界中で第二、第三のテロが起きるのではないか・・・
ニューヨーク世界貿易センタービルのような超高層建築が
(例えば横浜ランドマークタワーのような!)
再びテロの標的になるのではないか・・・
等々、不安を煽るような情報が錯綜しました。

開催直前の合同実行委員会でも、
状況によっては開催中止の決定も必要な場合が想定されるが、
「その場合の最終判断責任者は実行委員長となる」
という切迫した確認までなされて、
私はより一層の責任を背負うことになりました。

幸いにして、その後の日本国内は大きな混乱もなく推移して、
音楽祭は無事に予定通り開催できた訳ですが、
テロの影響による航空機利用者の激減の煽りを受けて、
スイス航空が倒産してしまいその利用客であった
ルーマニア支部関係者の来日が不可能になる等の、
個別の影響が少なからず発生したこともまた事実でした。

そのような中にあって、音楽祭提携宿泊施設の
メインパートナーとして協力していただいた
「パンパシフィックホテル横浜」
(現・パンパシフィック 横浜ベイ ホテル東急)
の絶大なる協力は、実にありがたいものでした。

会期中の毎日、約100室を占有するほどの
大量の宿泊者がお世話になり、
そのレートも提携特別価格で提供していただきました。
国際本部会長と実行委員長には
特別に100平米のスイートを提供していただき、
会議スペースや外来演奏家を迎えたパーティー
等にも活用できるように配慮していただきました。
オープニングとフェアウェルの2回のパーティーも、
バンケットで最大の便宜を図っていただきました。

但し、ホテルの宿泊者の割当等のブッキング業務は
実行委員会事務局で行なう必要がありました。
予算・資金が充分にあれば旅行代理店に業務委託するのですが、
資金に余裕がなかったために苦肉の策を採りました。
私のパソコンを旅行代理店にして、開催の約半年前から、
全宿泊者からのブッキングを私が一元的に管理したのです。
とてつもなく膨大な仕事でしたが、毎日毎晩パソコンに向かい、
メールの送受信に一気に慣れ親しみ、苦手な英語を鍛えられ、
内外からの全参加者との間に、開催の事前から、
コミュニケーションを構築することができました。
最終的には海外からの来日作曲家・本部役員・演奏家の
ほぼ全ての名前と宿泊滞在日程が暗記出来ているほどに
頭に入るという副産物的効果まで生まれて、
開催当日を迎えたのでした。

いよいよ次の記事から、<WMD2001横浜>の
イベント・演奏会の回想に入っていきましょう!


・・・<WMD2001横浜>プログラム冊子/日程一覧頁・・・
$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-WMD2001冊子・日程一覧