最もポピュラーな名曲〜プロコフィエフ/交響曲第5番 | 松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~

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ロシア(旧ソ連圏)の作曲家=プロコフィエフの
交響曲を探訪しています。
今日は、最も有名な第5番の紹介です。

セルゲイ・セルゲーエヴィチ・プロコフィエフ
(Sergei Sergeevich Prokofiev)は、
1891年生まれで1953年没の
ロシアの作曲家・ピアニスト・指揮者です。

あらためて、交響曲作品を列挙してきましょう。
<交響曲 ホ短調>(1908年)
<古典交響曲 ニ長調(交響曲第1番) 作品25>(1917年)
<交響曲第2番 ニ短調 作品40>(1925年)
<交響曲第3番 ハ短調 作品.44>(1928年)
<交響曲第4番 ハ長調 作品47>(第1版:1930年)
<交響曲第4番 ハ長調 作品112>(第2版:1947年)
<交響曲第5番 変ロ長調 作品100>(1944年)
<交響曲第6番 変ホ短調 作品111>(1947年)
<交響曲第7番 嬰ハ短調「青春」作品131>(1952年)

ご覧の通り、第4番を書いた後にかなりの空白期間があります。
歌劇やバレエ音楽の作曲を抱えていたことや、
ヨーロッパ全体がナチスの台頭によって
不穏な空気に包まれていく中で、
なかなか交響曲の発表は難しかったのかもしれません。

しかし、ナチスが遂にソ連に侵攻を開始した1941年辺りから
プロコフィエフは祖国愛に目覚め、その発露としての交響曲、
そして作品100となる記念碑的作品として、
一段と強い意気込みをもってこの<交響曲第5番>を
1944年に書き上げたのでした。

初演は作曲家自身の指揮によって1945年に行われました。
<古典交響曲><ピーターと狼><交響曲第5番>という
プロコフィエフ・プログラム演奏会での初演でした。

私の仕事場のライブラリーには、このCDが在ります。

プロコフィエフ/交響曲第1番「古典交響曲」
        交響曲第5番
 アンドレ・プレヴィン指揮
 ロスアンジェルス・フィルハーモニック
 PHILIPS / PHCP 9231
プレヴィン盤CD

###<交響曲第5番 変ロ長調 作品100>###

{第1楽章} 
ソナタ形式による冒頭楽章です。
序奏かと思わせるようなどっしりとした立ち上がりから
第一主題が発展的に提示された後に、
対照的な第二主題に移行します。
展開部の筆致も実に高度なもので、
この作曲家の代表作であることを
最初の楽章から充分に納得させてくれます。

[第2楽章] 
プロコフィエフの近代的な楽想と
軽妙なオーケストレーションが相俟った、
充実したスケルツォ楽章です。
主部はニ短調、トリオはニ長調を基盤としています。

[第3楽章]
叙情的でありまた歌謡性も包括した緩徐楽章です。
構成は、ロンド形式を敷延したものと考えられます。
ラフマニノフとはまた一味違った連綿とした旋律が
独特の美しさを湛えています。

[第4楽章]
ロンド形式による快速・快活な終楽章です。
ほぼABACABAの基本的なロンド形式に沿って
分析が可能な明快な音楽ですが、創意に満ちています。
最後の部分(コーダ)では、
ロンド主要主題を核としつつも、
他の主題も絡めて目まぐるしい展開となり、
一瞬室内楽的な合奏に収縮した後に
突然の強奏で終わるというユニークな結尾です。

YouTube / Prokofiev: Symphony No. 5 in B flat major
       (Yannick Nézet-Séguin, Proms 2013)


世界のメジャー・オーケストラでも
しばしばプログラムに登場しているようです。
プロコフィエフの代表作としてすっかり定着しています。
ポピュラーな名曲として広く親しまれています。

しかし、滅多に聴く機会が無い第2番・第3番・第4番
そして第6番の緊張感と冷徹な楽想や時に難解な音楽と
聴き比べると、プロコフィエフの交響曲の中では、
この第5番がむしろ例外的な存在であるようにも
考えられます。