ドミートリイ・ドミートリエヴィチ・ショスタコーヴィチ
(Dmitrii Dmitrievich Shostakovich / 1906-1975)の
交響曲(全15曲)の探訪を先週からアップしています。

弱冠19歳で書いた<交響曲第1番>(1926)が
大評判となって、国際音楽界に衝撃的なデビューを
果たしたショスタコーヴィチは、
その後はソヴィエト体制の中での葛藤の中で
したたかに創作活動を続けていきました。

国威発揚讃歌的な作品で単一楽章構成による
<第2番「十月革命」>と<第3番「メーデー」>は、
今では殆ど演奏されません。
巨大な3楽章形式による<第4番>は、
"プラウダ批判"の渦中にあって初演を回避して
長年お蔵入りとなった曰く付きの作品ですが、
今日では名曲の評価が定まってきています。

そして、名誉回復を遂げた<第5番>から、
器楽交響曲の量産が軌道に乗っていきました。
通常の冒頭楽章が欠如したような
3楽章構成による<第6番>、
オーソドックスな4楽章構成ながら
巨大な<第7番「レニングラード」>、
冷徹の極みのような5楽章構成の<第8番>、
内外からの期待にパロディックに応えた
<第8番>のミニチュアのような<第9番>と、
40歳を目前にした段階で既にベートーヴェンと同じ数の
交響曲を発表し終えたショスタコーヴィチは、
あのマーラーも為し得なかった二ケタ番号交響曲の完成
という孤高の境地を歩んでいきます。

しかし、<第9番>があまりに軽妙な作品で、
ベートーヴェンの第9のような大作を期待していた
ソヴィエト当局からは"ジダーノフ批判"の対象とされて
しまい、第10番の発表にはかなりの時間を要しました。
<第9番>から8年の歳月の後、1953年にようやく
この<第10番>を発表することができたのです。

現在では、この作品は、<第8番>と並んで
欧米メジャー・オーケストラでしばしば演奏される
名曲として高い評価が定着しています。

#####<交響曲第10番 ホ短調 作品93>#####

<第1番><第5番><第7番>に続いて
オーソドックスな4楽章構成を採用しています。

[第1楽章]
静謐な音楽からじわじわと始る、
ショスタコーヴィチ独特の筆致による
ソナタ形式によって構成される冒頭楽章です。
展開部の痛切な前進は見事です。

[第2楽章]
冒頭楽章が二十数分もあるのに対して、
このスケルツォ楽章は5分足らずしかありません。
しかし、その痛快なまでの存在感は抜群です。

[第3楽章]
この作曲家が、多くの作品の中で使用している
自身の名前のアルファベット表記から抽出した
"DSCH音型"(レ・ミ♭・ド・シ)が、特に明確に
そこかしこから聴こえてきる緩徐楽章です。
静謐な音楽から始りますが、
終盤に大きなクライマックスの達します。

[第4楽章]
ロンド的な快活な性格を持ったソナタ形式による終楽章です。
この楽章の展開部でも、冒頭楽章やスケルツォの狂気に似た
爆発的な漸進的発展が聴かれます。
ユーモアも交えた再現部の後、輝かしい終結部に到達します。
ここでは、自身を象徴する"DSCH音型"が高らかに奏されます。
「体制下の社会における自己の勝利を暗示している」
と見ることもできるでしょう。

YouTube / ショスタコービッチ交響曲第10番 
      カラヤン / ドレスデン 1976ザルツブルク

(一昨日はマエストロ・カラヤンの25年目の命日でした)


仕事場のライブラリには、初演者=ムラヴィンスキーの
指揮によるライヴ盤が在ります。

CD:ショスタコーヴィチ/交響曲第6番&10番
   エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮
   レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団
   1972年&1976年 ライヴ録音
   BMG / BVCX-4007
ムラヴィンスキー盤