昨年11月から、ロシアの作曲家の交響曲の探訪を
シリーズ記事のようにしてアップしてきました。
再録記事も含めながら、ボロディン、チャイコフスキー、
スクリャービン、ラフマニノフ、プロコフィエフと
ロシアのシンフォニストの系譜を辿ってきました。
そして、今日からは、史上最大のシンフォニスト
と言っても過言ではない存在の、ショスタコーヴィチの
交響曲、全15曲の話題を始めていきましょう。
ドミートリイ・ドミートリエヴィチ・ショスタコーヴィチ
(Dmitrii Dmitrievich Shostakovich)は、
1906年9月25日に生まれて1975年8月9日に没した
ソビエト連邦時代のロシアの作曲家です。
膨大な数の作品を残していますが、
特に交響曲や弦楽四重奏曲の分野の功績に定評があります。
特に、交響曲の作曲家(シンフォニスト)としては、
シベリウス、プロコフィエフと共に、
マーラー以降の最重要作曲家として評価されています。
また、ベートーヴェン以降のシンフォニストが、
第9番を越えた交響曲を完成させられないという
クラシック音楽界の長年のジンクスを打ち破って、
第15番まで完成させたことも、特筆に値するでしょう。
さて、ショスタコーヴィチの全15曲の交響曲の
タイトルや作曲年代をざっと眺めてみましょう。
###【ショスタコーヴィチ交響曲 一覧】###
交響曲第1番 ヘ短調 作品10(1925年)
交響曲第2番 ロ長調 作品14 「十月革命に捧ぐ」(1927年)
交響曲第3番 変ホ長調 作品20 「メーデー」(1929年)
交響曲第4番 ハ短調 作品43(1936年)
交響曲第5番 ニ短調 作品47(1937年)
交響曲第6番 ロ短調 作品54(1939年)
交響曲第7番 ハ長調 作品60(1941年)
交響曲第8番 ハ短調 作品65(1943年)
交響曲第9番 変ホ長調 作品70(1945年)
交響曲第10番 ホ短調 作品93(1953年)
交響曲第11番 ト短調 作品103 「1905年」(1957年)
交響曲第12番 ニ短調 作品112 「1917年」(1961年)
交響曲第13番 変ロ短調 作品113(1962年)
交響曲第14番 ト短調 作品135(1969年)
交響曲第15番 イ長調 作品141(1971年)
######################
弱冠19歳で第1番を発表して一気に世界から注目を集めて以来
最晩年までにわたって、ほぼ数年に1曲のペースで、
交響曲を書き続けてきた作曲家であることがわかります。
中でも、以下の4曲には声楽が導入されています。
第2番=混声合唱
第3番=混声合唱
第13番=バス独唱 バス合唱
第14番=ソプラノ独唱 バス独唱
但し、ベートーヴェンやマーラーの合唱の導入のような
記念碑的なモニュメント的なものは初期の作品の限定されて、
晩年の作品では、内政的で沈欝な表現のための
声楽の導入であるところが、
この作曲家の場合の特徴と言えるでしょうか。
以前は、ショスタコーヴィチはソヴィエト社会主義に迎合した
作曲家として認識されていましたが、その後の研究から
実はしたたかに体制批判を作品に込めてきた芸術家であった
ことが知られるようになってきました。
明後日から昼の記事シリーズとして、断続的に、
ショスタコーヴィチの全15曲の交響曲について
私なりの構成分析や想い出を綴っていきます。
この写真は仕事場のライブラリに在るCDです。
第1番と第15番のカップリングが気に入っています。
CD:ショスタコーヴィチ/交響曲第1番&15番
ウラディーミル・フェドセーエフ指揮/モスクワ放送交響楽団
Pony Canyon / POCL-00351

シリーズ記事のようにしてアップしてきました。
再録記事も含めながら、ボロディン、チャイコフスキー、
スクリャービン、ラフマニノフ、プロコフィエフと
ロシアのシンフォニストの系譜を辿ってきました。
そして、今日からは、史上最大のシンフォニスト
と言っても過言ではない存在の、ショスタコーヴィチの
交響曲、全15曲の話題を始めていきましょう。
ドミートリイ・ドミートリエヴィチ・ショスタコーヴィチ
(Dmitrii Dmitrievich Shostakovich)は、
1906年9月25日に生まれて1975年8月9日に没した
ソビエト連邦時代のロシアの作曲家です。
膨大な数の作品を残していますが、
特に交響曲や弦楽四重奏曲の分野の功績に定評があります。
特に、交響曲の作曲家(シンフォニスト)としては、
シベリウス、プロコフィエフと共に、
マーラー以降の最重要作曲家として評価されています。
また、ベートーヴェン以降のシンフォニストが、
第9番を越えた交響曲を完成させられないという
クラシック音楽界の長年のジンクスを打ち破って、
第15番まで完成させたことも、特筆に値するでしょう。
さて、ショスタコーヴィチの全15曲の交響曲の
タイトルや作曲年代をざっと眺めてみましょう。
###【ショスタコーヴィチ交響曲 一覧】###
交響曲第1番 ヘ短調 作品10(1925年)
交響曲第2番 ロ長調 作品14 「十月革命に捧ぐ」(1927年)
交響曲第3番 変ホ長調 作品20 「メーデー」(1929年)
交響曲第4番 ハ短調 作品43(1936年)
交響曲第5番 ニ短調 作品47(1937年)
交響曲第6番 ロ短調 作品54(1939年)
交響曲第7番 ハ長調 作品60(1941年)
交響曲第8番 ハ短調 作品65(1943年)
交響曲第9番 変ホ長調 作品70(1945年)
交響曲第10番 ホ短調 作品93(1953年)
交響曲第11番 ト短調 作品103 「1905年」(1957年)
交響曲第12番 ニ短調 作品112 「1917年」(1961年)
交響曲第13番 変ロ短調 作品113(1962年)
交響曲第14番 ト短調 作品135(1969年)
交響曲第15番 イ長調 作品141(1971年)
######################
弱冠19歳で第1番を発表して一気に世界から注目を集めて以来
最晩年までにわたって、ほぼ数年に1曲のペースで、
交響曲を書き続けてきた作曲家であることがわかります。
中でも、以下の4曲には声楽が導入されています。
第2番=混声合唱
第3番=混声合唱
第13番=バス独唱 バス合唱
第14番=ソプラノ独唱 バス独唱
但し、ベートーヴェンやマーラーの合唱の導入のような
記念碑的なモニュメント的なものは初期の作品の限定されて、
晩年の作品では、内政的で沈欝な表現のための
声楽の導入であるところが、
この作曲家の場合の特徴と言えるでしょうか。
以前は、ショスタコーヴィチはソヴィエト社会主義に迎合した
作曲家として認識されていましたが、その後の研究から
実はしたたかに体制批判を作品に込めてきた芸術家であった
ことが知られるようになってきました。
明後日から昼の記事シリーズとして、断続的に、
ショスタコーヴィチの全15曲の交響曲について
私なりの構成分析や想い出を綴っていきます。
この写真は仕事場のライブラリに在るCDです。
第1番と第15番のカップリングが気に入っています。
CD:ショスタコーヴィチ/交響曲第1番&15番
ウラディーミル・フェドセーエフ指揮/モスクワ放送交響楽団
Pony Canyon / POCL-00351
