"バレエ・リュス"(ロシア・バレエ団)は、
1909年にパリのシャトレ座で旗揚げをしてから、
主宰者=ディアギレフの死去後の1929年に解散するまでの間、
パリを中心として活動した、伝説的な集団です。
「その活動によって今日のモダンバレエの基礎を築かれた」
と言っても過言ではありません。

"バレエ・リュス"の活動が始った1910年前後のヨーロッパは、
イギリスから勃興した産業革命による工業化という時代の波が
主要国に一巡して、製鉄を中心とする重工業の発展によって
海軍と陸軍の軍事力が強化され、列強の時代を迎えていました。
世界中が欧州列強の植民地や属国になるような趨勢でしたが、
ヨーロッパ自体は勢力の絶妙な均衡の上に、
経済の発展と束の間の平和による文化芸術の爛熟期という
様相を呈してもいました。特にフランスの首都は、
正に”花の都=パリ”と謳われるに相応しい状況にありました。

そのパリの息吹、若い芸術家が集まり、
その新しい芸術を養護する資本家も居る環境に着目した
天性的興行師=ディアギレフでした。
ディアギレフは、歌劇場やバレエ劇場のシーズンオフ、
夏を活用してバレエ先進国であるロシアの
素晴らしい才能達の能力を結集した興業を
パリで旗揚げしようと考えたのでした。

その演目として、既存の楽曲を活用したレパートリーの構築に
加えて、既に著名な作曲家のみならず新進作曲家にも
全く新しいバレエ作品の音楽を依頼していきました。
1910年前後で特に目立つ新作は、
「火の鳥」(1910年 / 音楽=ストラヴィンスキー)
「ペトルーシュカ」(1911年 / 音楽=ストラヴィンスキー)
「ダフニスとクロエ」(1912年 / 音楽=ラヴェル)
「遊戯」(1913年 / 音楽=ドビュッシー)
「春の祭典」(1913年 / 音楽=ストラヴィンスキー)
「サロメの悲劇」(1913年 / 音楽=フロラン・シュミット)
といった錚々たる作品が挙げられます。
しかし、1914年以降は必ずしもこれら程の大作は誕生していません。
そうです、第一次世界大戦が同年に勃発してしまうのです。

それにしても、上記の短期間に3つの大作を世に放った
ストラヴィンスキーの存在は図抜けて大きいと言わざるを得ません。
「火の鳥」「ペトルーシュカ」「春の祭典」、所謂"三大バレエ"は、
産業革命によるヨーロッパの経済と社会構造の大変革の進展が
頂点に達して行って、第一次世界大戦でそのバブルが弾ける直前の
ヨーロッパ文化の、そしてパリの爛熟期に誕生した傑作なのです。

これら"三大バレエ"の誕生は、今から約100年前です。
1913年5月29日に「春の祭典」が初演されました。
そこで、明日=5月27日から29日にかけて、
三大バレエを私なりにご案内しようと思います。
どうぞお楽しみに!


・・・エッフェル塔・・・
エッフェル塔・天高く!

・・・夕暮れのルーブル宮・・・
夕暮れのルーブル宮

・・・白亜のサンクレール寺院・・・
サンクレール寺院