一昨夜と昨夜の記事の続きです。
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大相撲3月場所(大阪場所)の後、
横綱審議会、番付編成会議、理事会を経て、
大関:鶴竜の横綱昇進が決定されました。

鶴竜関のここ二場所の成績は、
初場所が14勝1敗で優勝同点(優勝決定戦で横綱:白鵬に敗北)、
3月場所が14勝1敗で優勝、しかもその二場所で、
白鵬と日馬富士の両横綱に本割りでは全て勝つという
素晴らしいものでした。
「二場所連続優勝もしくはそれに準じる成績」という
横綱審議会の内規に照らしても充分な内容です。

過去の横綱昇進を遡ってみても、
二場所連続14勝以上で昇進が見送られた例はありません。
しかし、それでも、敢えて私はこの機会に、
横綱への推挙のタイミングの難しさを述べておきたいと思います。
つまり、鶴竜の横綱昇進に一抹の不安を抱いているということです。

既に一昨夜と昨夜で、歴代横綱の中から、
栃の海、佐田の山、北勝海、双羽黒、玉の海、の事例を引いて
横綱昇進までの道のりを解説してきました。
これらの横綱は、若手の時期の一気の昇進、
もしくは現役中の最盛期での昇進というケースでした。

一方で、現役晩年に2場所連続で好成績を上げて、
昇進決定の半年前には誰も想像もしなかったような
意外な昇進というケースも過去にはありました。

第53代横綱:琴櫻の場合は、
大関昇進後の早い時期に二度の優勝を遂げたものの、
その後は脇役に甘んじていました。
そろそろ引退も近いかと思われていたところ、
突然変異のように力強い相撲に変わり、
2場所連続の14勝1敗での優勝を飾りました。
流石にその成績では待ったはかからず、
見事に横綱昇進となりました。
しかも昇進後3場所目でもう一度優勝を果たして、
周囲を納得させる結果を出してくれました。
大関時代=8勝7敗 10勝5敗 10勝5敗 9勝6敗 
     13勝2敗(優勝) 6勝5敗4休 10勝5敗 
     5勝10敗 13勝2敗(優勝) 8勝7敗 
     11勝4敗 9勝6敗 10勝5敗 9勝6敗 9勝6敗 
     10勝5敗 9勝6敗 11勝4敗 8勝7敗 9勝6敗
     9勝6敗 2勝4敗9休 9勝6敗 10勝5敗 
     2勝4敗9休 10勝5敗 10勝5敗
     1勝2敗12休 8勝7敗 9勝6敗  
     14勝1敗(優勝) 14勝1敗(優勝)     
横綱時代=11勝4敗 10勝5敗 14勝1敗(優勝)
     9勝6敗 11勝4敗 3勝3敗9休 8勝7敗 
     0勝4敗11休 引退
全く意外と言っては失礼ですが、引退寸前のベテラン大関が
一気に変身を遂げて強い横綱になった希有な事例です。

YouTube / 北の富士vs琴櫻 (昭和47年十一月場所)



第57代横綱:三重ノ海の場合は、
関脇で優勝して大関に昇進したものの、僅か3場所で陥落、
よく場所に10勝を挙げて大関に返り咲いたものの、
大関としては物足りない成績に長らく甘んじていました。
再昇進後から引退までの成績を列挙しましょう。
大関再昇進後=
     9勝6敗 8勝7敗 8勝7敗 8勝7敗 5勝10敗
     8勝7敗 7勝8敗 9勝6敗 10勝5敗 8勝7敗 
     11勝4敗 9勝6敗 10勝5敗 10勝5敗 11勝4敗
     10勝5敗 13勝2敗 14勝1敗(優勝同点)     
横綱時代=11勝4敗 14勝1敗(優勝) 15戦全勝(優勝) 
     1勝4敗10休 10勝5敗 4勝6敗5休 休場
     0勝3敗(引退)
これほど極端に晩年に花開いた例は空前絶後でしょう。
関脇の優勝1回のみで、大関時代の成績は
いつ引退になってもおかしくないような低迷ぶりでしたが、 
晩年になって地力を固めていきました。
異論もあった横綱推挙でしたが、昇進後に連続優勝も果たし、
面目を施しました。

YouTube / 輪島vs三重ノ海 (昭和54年七月場所・優勝決定戦)


この頃の大相撲は、横綱昇進にも多彩なケースがあって、
とても面白かった記憶があります。

さて、明日の夜の記事で鶴竜の場合を考えてみましょう。