1998年長野五輪の話の後日談です。
<冬季オリンピック長野大会>が終わって数日後、
私はアルペンスキー競技で沸きに沸いた
志賀高原を訪ねました。
アメリカのプレス関係が貸し切りにしていたらしい
焼額山の志賀高原プリンスホテル(東館)が
一般営業に戻る初日に予約を入れておいて、
ホテルの目の前の焼額ゲレンデの男子回転コースが、
一般開放される時を逃さず押さえて、
木村公信選手をはじめとする各国の選手が鎬を削った
急斜面にチャレンジしてきました。
旗門は既に撤去されていましたが、
スタート地点のマウンドやコースの斜面そのものは
大会中のまま残されていて、
ゲレンデ上の ”つわものどもの夢の後” という感慨を旨に
スキーを滑らせた記憶が、今も脳裏に焼き付いています。
スキーの重心移動の感覚と、
音楽のリズム感や指揮のタクトの動きには、
実に密接な関連性があるのです。
スキーのお陰で音楽の理解と体得が深まった私です。
今日の写真は、今までに私が滑った最も急な斜面(コース)
の一つに挙げられる、ある最上級車限定バーンを、
途中から見上げたカットです。
何処のスキー場のどのコースか判る方は、
相当なスキー狂ですね!
判った方は是非メッセージをお寄せください。

<冬季オリンピック長野大会>が終わって数日後、
私はアルペンスキー競技で沸きに沸いた
志賀高原を訪ねました。
アメリカのプレス関係が貸し切りにしていたらしい
焼額山の志賀高原プリンスホテル(東館)が
一般営業に戻る初日に予約を入れておいて、
ホテルの目の前の焼額ゲレンデの男子回転コースが、
一般開放される時を逃さず押さえて、
木村公信選手をはじめとする各国の選手が鎬を削った
急斜面にチャレンジしてきました。
旗門は既に撤去されていましたが、
スタート地点のマウンドやコースの斜面そのものは
大会中のまま残されていて、
ゲレンデ上の ”つわものどもの夢の後” という感慨を旨に
スキーを滑らせた記憶が、今も脳裏に焼き付いています。
スキーの重心移動の感覚と、
音楽のリズム感や指揮のタクトの動きには、
実に密接な関連性があるのです。
スキーのお陰で音楽の理解と体得が深まった私です。
今日の写真は、今までに私が滑った最も急な斜面(コース)
の一つに挙げられる、ある最上級車限定バーンを、
途中から見上げたカットです。
何処のスキー場のどのコースか判る方は、
相当なスキー狂ですね!
判った方は是非メッセージをお寄せください。
