2月3日から5日にかけて再録掲載した
<LEE Sang-Guen Music Festival 2011>の訪問地、
普州(チンジュ)についての紀行文シリーズの再録です。

文禄・慶長の役(1592年~1598年)に、
秀吉主導の遠征軍と、明と李氏朝鮮の軍との戦いがありました。
戦いの舞台は朝鮮半島でしたが、
その中の三大激戦地の一つ言われる場所が、
私が先日に訪ねた普州(チンジュ)市内に位置する、
「普州城/チンジュソン」ということでした。
秀吉の朝鮮出兵は、晩年の秀吉の狂気の沙汰であったのか・・・
既にスペインがフィリピンを植民地化していた当時、
明をも植民地化の標的にしようとしていた
欧州大国の動向に対する対抗策であったのか・・・
未だに謎が多く評価も別れるこの戦争ですが・・・
しかし、当地で万単位の人々が、城が陥落するまで戦い抜き、
遂には全員が殉国したという悲劇的な歴史に対しては、
現代の生きる者として真摯に祈りを捧げるしかありません。
私は、音楽祭のスケジュールを合間を見つけて、
普州城跡を訪ねてきました。
・・・チョクソク厶ンから入城・・・

・・・ふと右を見上げると「護国の鐘」の鐘楼が・・・

・・・戦時には主将の指揮所として使用された望楼
チョクソクル・・・

・・・チョクソクルの内部・・・

・・・チョクソクルからの普州市内の眺め・・・

・・・兵(つわもの)どもが夢のあと・・・

城趾内にある普州博物館には、素晴らしい収蔵品や
「文禄・慶長の役」に関する展示を見ることができました。

<LEE Sang-Guen Music Festival 2011>の訪問地、
普州(チンジュ)についての紀行文シリーズの再録です。

文禄・慶長の役(1592年~1598年)に、
秀吉主導の遠征軍と、明と李氏朝鮮の軍との戦いがありました。
戦いの舞台は朝鮮半島でしたが、
その中の三大激戦地の一つ言われる場所が、
私が先日に訪ねた普州(チンジュ)市内に位置する、
「普州城/チンジュソン」ということでした。
秀吉の朝鮮出兵は、晩年の秀吉の狂気の沙汰であったのか・・・
既にスペインがフィリピンを植民地化していた当時、
明をも植民地化の標的にしようとしていた
欧州大国の動向に対する対抗策であったのか・・・
未だに謎が多く評価も別れるこの戦争ですが・・・
しかし、当地で万単位の人々が、城が陥落するまで戦い抜き、
遂には全員が殉国したという悲劇的な歴史に対しては、
現代の生きる者として真摯に祈りを捧げるしかありません。
私は、音楽祭のスケジュールを合間を見つけて、
普州城跡を訪ねてきました。
・・・チョクソク厶ンから入城・・・

・・・ふと右を見上げると「護国の鐘」の鐘楼が・・・

・・・戦時には主将の指揮所として使用された望楼
チョクソクル・・・

・・・チョクソクルの内部・・・

・・・チョクソクルからの普州市内の眺め・・・

・・・兵(つわもの)どもが夢のあと・・・

城趾内にある普州博物館には、素晴らしい収蔵品や
「文禄・慶長の役」に関する展示を見ることができました。
