リヒャルト・シュトラウスの作品に、
交響詩「英雄の生涯」という大作がありますが、
このマーラーの交響曲第6番「悲劇的」は、
マーラーの「英雄の生涯」であると私は思うのです。

第1楽章(ソナタ形式)の第一主題に、
過酷な運命に立ち向かう自分自身を投影して、
第三主題(一般的には第二主題)で
愛情たっぷりに妻=アルマを描き、
第2楽章で娘のよちよち歩きを暗示しています。

しかし一方で、天才が持つ予感=予知性とでも言えるでしょうか、
マーラーは、人生の中でも特に幸せだったこの時期に、
この「悲劇的」交響曲や、歌曲「亡き子を偲ぶ歌」というような
言わば“縁起でもない”タイトルの作品を書いているのです。
そして実際、後年にマーラーの娘は夭折してしまい、
自分自身も生来の心臓疾患を知るに至るのです。

第3楽章は、過酷な運命に立ち向かう英雄(自分自身)の、
束の間の休息、平和や天国への憧れ、のように感じられる、
それは美しい緩徐楽章です。
古今東西の緩徐楽章の中でも、
特に傑出した美しさを湛えていると私は思っています。

そして、演奏時間30分にも及ぶ長大な第4楽章=フィナーレが、
更にドラマティックな音楽を紡いでいきます。
長い序奏は、4段落に及ぶ階梯があり、
やがて到達する第一主題は、執拗に動機を繰り返す前半部と、
勇壮に跳躍音程が彷徨する後半部の二段構えになっています。
そしてテンポは変わらないものの柔らかな第二主題が奏された後、
早くも音楽は発展的になっていきます。

この楽章は、マーラーには珍しい長大な序奏が付加されている分、
段落構成は複雑な様相を呈してはいますが、
マーラー流ソナタ形式を敷延していると捉えることができます。
二段構えの展開部のクライマックスでは、
致命的な打撃を暗示する木製のハンマーが振り下ろされ、
「ドカーン!」という不気味なアクセントをもたらします。
やがて、序奏から再現され、第一主題が前半部・後半部と再現、
更に発展しようとしますが、
やがて終結を予感させる楽想に収斂していきます。
それでももう一度展開部と同様のクライマックスに到達しますが、
もう前進的に音楽を再起するだけのエネルギーが残っておらず、
死に絶えるように全曲を閉じます。

本当に、壮絶なまでの名曲です。
凄まじい音楽・作品なのですが、
私はこの「悲劇的」が、大好きなのです。


このところの愛聴盤=バーンスタイン盤CDです。

マーラー/交響曲第6番「悲劇的」・亡き子をしのぶ歌
指揮=レナード・バーンスタイン 
管弦楽=ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
バリトン=トーマス・ハンプソン
グラモフォン / F00G-20470~1

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