第14話
★前回までのあらすじ
5月7日
えっ、僕にとって生きている実感とか、生きている意味がなにかって?
「苦しみ、悲しみ、辛さ、怒り、恨み・・・」
それだけ。楽しいことなんかなにもありません。
だから、僕は生きていることより、死ぬことを選びます。
僕のこの気持ちを理解し同調して、僕と一緒に死んでくれる人がいましたら、どうかご連絡をください。
S・Y (13歳)
「あの、顔をガングロに化粧し、コギャルみたいな派手な格好して遊びに出かけようとしている女の子って、も、もしかして陽菜ちゃんじゃない?!」
「ま、まさか、お前じゃあるまし、小学校一年生の陽菜ちゃんが、あんな顔をガングロに化粧し、小学生とは思えない肌を露出したコギャルみたいな派手な格好で、こんな夜遅くに遊びに出掛けるわけがあるまい・・・」
「なにを、寝とぼけたことを言っているのよ!キューピッドおじさん。顔をガングロに化粧しているからちょっと見分けにくいけど、あの子は、間違いなく陽菜ちゃんよ・・・」
「ホントにそうか?お前はよくデヴィ夫人と野村沙知代を間違えるからな・・・」
「今、そんなクソ面白くもない話なんかしていないで、その五木ひろしみたいな糸楊枝のような細い目に、ものまねタレントの清水アキラのようにセロハンテープでも貼って、目を大きく開いて見てみてよ・・・」
「こんな真面目な話の最中に、そこまでダジャレが言えるなんて。シンデレラ、お主も腕をあげたな・・・」
「おうおうおう、この桜吹雪が目に入らねーかい。この桜吹雪に見覚えねえとは、言わせねえぞ!なんて、言って、“遠山の金さん”のもの真似なんかして、遊んでいる場合じゃないわよね・・・」
「( ● ___ ● )ジィー。あっ、ホントだ。シンデレラの言うように間違いなく陽菜ちゃんだ・・・」
「それにしても、午後七時を過ぎているというのに、小学一年生の陽菜ちゃんがあんなコギャルみたいな派手な格好して、いったいどこに行くだろう?」
「そう言えば、さっきあたしが仮眠していて起きたときにも、真夜中の午前2時を過ぎていたというのに、姿が見えなかったわね・・・・」
「あたし、寝坊しすぎちゃってキューピッドおじさんを起こすことで頭の中がいっぱいだったから、単に陽菜ちゃんはトイレにでも行っているのじゃないのかと思っていたけど、まさかこんな格好をしてどこかに真夜中まで出掛けているなんて、夢にも思わなかったわ・・・」
急に、シンデレラは陽菜ちゃんの行動が気になり始めて、彼女の外出する後を付けて、その行動内容を確かめることにした。
「ねえ、キューピッドおじさん、悪いけどあたし陽菜ちゃんのことが気になるから、彼女がどこに出掛けて行って何をしているのか分かるまで、翔くんの犯人探しはキューピッドおじさんに頼んでもいい?」
「いいとも!」
―ほっ・・・やっと今日も僕の出番が来た。ヤッター!ここで、日本のブラッド・ピットじゃなくて、お笑いコンビドランクドラゴンの塚地武雅に良く似ていると、今僕と家族が住んでいる上板橋の公営団地の隣の部屋の子供に言われている天才MC(自分だけでそう思っている)が、某テレビ局の広報部に代わって“いいとも!”の言葉の元祖である「笑っていいとも!」について答えよう・・・―
―そもそも、「笑っていいとも!」 「笑ってる場合ですよ!」の後番組として、1982年10月4日から放送が開始され・・・(ハイ、ハイ、時間がもったいないから幕を下ろしてー。おしまい・・・/本作品のディレクターの指示。)―
―なんで、なんで、いつもこうなるの。このくそディレクターの奴目。今日、家に帰ったら100円ショップで買ったわら人形に釘を打ちつけて、呪い殺してやるからな・・・と直接口では言えずに、心の中でそう思うだけの悲しい立場の、まだ名前も決まっていないMC(名無しの権兵衛)だった。―
「だって、もしお前の性格じゃあワシがどんなに駄目だと言っても、こうと決めたら行くことが分かっているからなあ・・・」
シンデレラは、キューピッドおじさんの了解を取ると、さっそく陽菜ちゃんの外出後を付けることにした。
最初に表記するのをついうっかりして忘れていましたが、本作品に書かれています赤い文字部分の文章は、当caféに遊びにお出でいただいたみなさんの「足跡メッセージ」を、みなさんとの親睦を図ったり遊びを楽しんだりするために、本作品のストーリーづくりのヒントにして文章化したものです。
「Super SantaClaus シンデレラ」ニュース
1:本日、ある大手出版より連絡があり、当作品「Super SantaClaus シンデレラ」が投稿作品(応募作品)として、選考を検討していただけることになりました。
本結果が、どうなるかは分かりませんが、子供の頃から夢である“物書きになるという”ことへの大きな前進ではないかと思い、大へん嬉しく思っています。
2:また、当ブログ関連の作品を見ていただいた別の大手出版社の方より、わざわざお手紙をいただいたり、友人や知人などの「携帯小説に参加してみないか・・・」というアドバイスを貰い、この話もまたこれまで私が思い描き続けて来た「物書きになりたい・・・」という夢に対して、天が与えてくれた大きなチャンスではないかと思い、素直に彼らのアドバイスに従い参加することを決めました。
そうは言っても、これから新作品を含め、「Super SantaClaus シンデレラ」などの作品を1作1作ずつ纏めていかなければいけないという大変な作業が待っています。
でも、今回のチャンスを逃すと、いつまたこのようなチャンスと出会えのるか分かりませんので、自分の夢の完成に向ってトライすることを決心しました。つきましては、みなさんの応援が一番の元気の素になる薬ですので、これからもよろしくお願いします。
マザー・テレサの教え
第7回
「私は受賞に値するような人間ではないけれど、世界の最も貧しい人々に代わってこの賞を受けます。」
この言葉は、1979年にマザー・テレサ聖者自身がノーベル平和賞を受賞したときの、授賞式のスピーチの中で述べた言葉の一説ですが、いかにもこの言葉を読むと彼女らしい言葉の言い回し(表現)だなあという気がしますが、私たちは彼女のこの言葉を単にうわべだけで受け取るのではなく、この言葉の中にどんなに深い真相の意味が込められているのかを知ることが必要です。
それは、おそらくマザー・テレサ聖者がこの授賞式の会場から世界中の人々に訴えたかったのは、きっと、「世界中の人々が、国の法律や宗教、人種、男女の性別の違いなどに縛られることなく、“心の境界線”をすべて取り払って、“愛”という人間が持つ人を思いやる最高の旗印のもとの同一意識の中で手を取り合って生きていけば、決して戦争が起こることもないし貧富の差がうまれることもない・・・」といったことでは、なかったかと思ったからです。
その事実がどうであれ、それはノーベル賞の生みの親でもあるアルフレッド・ノーベル氏が、自分の発明したダイナマイトにより莫大な財産を得たが、そのダイナマイトが戦争という人殺しの道具に使われてことを悲しんで、「ノーベル賞」が設けられたという逸話は、学校の教科書に載るほどあまりも有名ことです。ただ、マザー・テレサ聖者やアルフレッド・ノーベル氏のように世界の歴史に名を連ねている人には、それを天(神)が人選するのか?どうかは別にして、私たちと同じ人間でありながら大きく違っていることがひとつあるのは、必ずこの人たちは自分自身の人生の運命を変える大きな“ターニングポイント”に遭遇しているいう確かな事実です。
今日の一口メモ
本日は、すごく嬉しいことがいっぱいありすぎて、逆に不安になりますが・・・(笑う)私の故郷である“種子島”という共通の話題があり、ffhiroさんが新しい読者やアメンバーになってくれた上に、素敵なプレゼントを贈ってくれましたのでそのプレゼントをご紹介させていただきます。
今、そのお礼に何をお返ししようかと一生懸命考えて悩んでいますが、私自身もこれまでの最高の力作ではないかと思っています、当ブログ関連で1日に最高の約5,000人の読者が訪れてくれたときの作品『風のある町』の中で書きました、「天使が歌う“アメージングレイスの詩”」がいいのではないかと思っています。
ffhiroさんって、とても心が温かくて思いやりのある方ですので、ぜひ一度みなさんもffhiroさんのブログを訪ねてみてくださいね。
ffhiroさんが贈ってくれたプレゼント
ffhiroさんからのプレゼントのお返しに、「天使が歌う“アメージングレイスの詩”」の詩をお贈りしたかったのですが、本作品については文字数の関係上でお贈りすることが出来ませんでしたの、改めて当ブログの中でffhiroさんにプレゼントさせていただきます。
天使の詩
アメージンググレイス・・・
もう泣くのはやめて 愛しき我が子よ
眠りなさい このみ胸で
その涙と 傷の痛みが
心やすらぎ 消えるまで
天使の子守唄 聞きながら
僕たち、おとぎのお家と仲間たちも、“あきらめないBLOG”のキャンペーンを応援していますので、ぜひみなさんも一緒に応援しようね!
当関連ブログの紹介
OCNブログ「おとぎのお家」
http://
gooブログ「おとぎのお家と青い鳥」
http://
ヤブログ「おとぎのお家と愛の家」
http://yaplog.jp/ainoie/
My Cafe の紹介
OCNCafe「Fairy Land」
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/kotobuki
