只今、当関連ブログの人気作品シリーズのひとつである~青春うたものがたりシリーズ3~「種子島あおぞら教室卒業生」新作品がスタートしました。本作品は、昭和30年代前半から40年代前半(日本の高度成長期)の種子島の中央に位置した町、中種子町のある小さな農村地帯M村(M部落)に生まれ、種子島で幼年期から高校を卒業するまでの少年期を過ごした、今は東京に住む下田達也という一人の壮年男性の人生体験を通じて、 “家族愛”のテーマについてその答えを追求していく、ヒューマンドキュメントタッチ作品です。ぜひ、半世紀という時代を超越して“真実の人間ドラマ”の愛と感動に、会いに行ってください。
父の死 5
ようかい ようかい ようかいよ どんなに 愛する人がいたとて
しょせん 人は独りで生まれて 独りで死んでく悲しい運命(さだめ)
「ようかい」/種子島に伝わる子守唄の替え詩
母は、あまりの気もちの同様から、しばらく自分が何をしていいのか、分からないほどだった。
そして、気が付いたときには、父の体全身をボロボロと涙を流しながら、汗だくになってタオルでマッサージしていた。
それから、時間にしてどのくらいが経ったのだったのだろう?
この間、母の頭の中を父との様々な思い出が、一瞬のうちに浮かんでは消え消えては浮かびして、走馬灯のように駆け巡っていた。
ただ、母と父が結婚して一緒に暮らすようになってから、五十年以上という長い歳月が経っているにもかかわらずに、何故か?気のせいだろうか、母が“映画やテレビのドラマじゃあるまし、人の一生なんてこんな短い時間の中で表せるものなのだろうか”とあきれ返るほど、ほんの短時間のうちに父との様々な五十年間の思い出が、アッ!という間に母の頭の中から、まるでビデオの早回しの映像のように消えていった。
その時間は、ハッキリとは覚えてはいないが、一時間ほどにも満たないような、とても短い時間に感じられた。
その話はともかく、この間母はピクリとも身動きをしない父の姿を見て、もう二度と父が息を吹き返すことはないだろうと、何度も諦め掛けた。
そしてそれと同時に、長年連れ添った夫婦としての最後の言葉は、風邪薬を手渡したときに交わした言葉が、そうだったのだろうと思いかなり後悔もあった。
それでも母は、父の体全身をマッサージしている手を、一度も休めることはなかった。
そのために、父の体全身は母の涙と汗で、ビショ濡れになっていた。
その後も、母の涙と汗は父の体全身をマッサージしている手を、ちょっとでも休めることをしなかったぶん、父の体全身に数え切れないほど零れ落ちて止むことはなかった。
そんな、母のひたむきな思いが、天にでも通じたのだろうか?!
父が、その後しばらくして突然息を吹きかえして、さも何事もなかったかのごとく、普通に話し始めたのである。
母は、その父の姿を見てあまりの驚きから、一瞬腰を抜かしそうになった。
そして、さっきまでの出来事が、夢でも見ていたのではないか?と、錯覚に陥るほどだった。
逆に、父は父でそんな母の大慌てしている姿を見て、ついほんの数分前までに自分が生と死の境をさ迷っていたとも知らずに、なにか母に異変でも起きたのではないかと驚いていた。
「父ちゃん、わごう今さっきまぜ死んじぇったたあろう・・・(お父さん、あなたはさっきまで死んでいたのよ・・・)」
「ばこういうなや。ただおらあ寝ちぇっただけじゃらあ・・・(馬鹿なことを言うでない。ただ俺は寝ていただけだ・・・)」
父は、母の言葉をまったく信じようとしなかった。
それはそうだろう。
父本人に、自分が生きていたのか?死んでいたのか?かの自覚や記憶がない以上、たとえ母が本当だったとしても、とうていそのことを問いただすことは難しいことであろう。
だが、もう母には、そんなことはどうでもよかった。
父がいつものように、目の前に座っているだけで嬉しかった。
ただ、おそらく極度の興奮状態が解放されたばかりで、まだその興奮状態が納まっていなかったからだろう。
未だに、母の体全身はブルブルと小刻みに震えて、父の体の汗を拭ってあげる母の目には、また涙が溢れていた。
その反面、まったく父には母の心配とは逆に、自分が生死をさ迷っていたなどの自覚はなかった。
そのせいで、姉の育代の電話を受けて、医者と看護婦が診察にやって来た時には、その病状が一人でトイレに行けるほどまでに回復していたために、単に医者と看護婦に対して風邪を引いて寝ていただけだと言い張っていたらしい。
その経過がどうであれ、母はしだいに冷静さを取り戻すと、あまりの嬉しさに自分の気持ちの感情が抑えきれなかったようである。
そしてその結果、年甲斐もなく二人の自分の娘に対して、父に対する自分の愛情の深さが、今回の奇跡を起こしたことを、子供のように自慢していたという。
父の、当時の年齢(八十三歳)を考えると、母の言うとおりその回復ぶりは、まさに奇跡というしかなかった。
また、その時までは家族の誰もが、決してそう思っていたのも不思議ことではなかった。
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♪♪♪♪「おとぎのお家と青い鳥」One week 第3号♪♪♪♪
――日本初の「日本一短い人間ドラマ文庫シリーズ」登場!!――
かつて、歌は “3分間のドラマ”と言われていました。そのとおり、確かに歌は人にとってひとつひとつ歌が“短編ドラマ”といっても過言ではありません。それは、歌が、悲しいときや苦しいときに人の心を励ましてくれたり、優しさや温もりを与えてくれたりするからです。そしてまた、嬉しいときや楽しいときには、両手で抱えきれないほどのいっぱいの幸せな気分を与えてくれるからです。
では、その歌と同じようにすべてのストリーを3分間以内に読破でき、読者に対して幸福や感動、笑いなどを与える短編小説があったとしたら・・・
この「日本一短い人間ドラマ文庫シリーズ」が、日本で初めてその作品づくりを現実に実現したものです。ぜひ、すべての作品がわずか3分間以内で読み切ることが出来る、さまざまな人間ドラマを描いた短編小説の数々をお楽しみください。
(1)「母が笑った。僕が笑った。」
母が笑った。
僕が笑った。
そして、二人が笑った。
笑うたびに、入れ歯をはずした母の口の周りが、梅干のように皺だらけになる。
子供のように無邪気に笑う、母の笑顔に久しぶりに出会った。
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(2)「息子」
ピンポーン。
「あっ!はい」息子だ。
息子が帰ってきた。
どんな顔をして、どんな言葉を掛けてやろうか。
頭の中では、色んな想像を回らし、迎える準備をしていたつもりだった。
それがいざ現実になると、つい慌てるだけでそう上手くいかないものである。
それもそのはずかもしれない。三年ぶりの再開だからだ。
僕が突然リストラされて職を失い、家族が一緒に暮らせなくなってから、もうはや三年の歳月が経っていた。
その間色々なことがあった。
父が死んだ。
妻が病気(乳がん)になった。
家族が家族でなくなった。
僕は僕の非力さを恨んだ。
学歴を恨んだ。社会を恨んだ。
それでも恨みたりずに、貧乏の家に生まれたことを恨んだ。
僕は泣いた。
暗闇の中で泣いた。
独りぼっちで泣いた。
それからすぐに、僕の周りから家族の温もりが消えた。
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