★あれから一年
父母を見る度ムナシイ

 

映画『月』が話題
植松聖は勿論断じて許せないが
条件反射的な批判よりは理解出来る
現実を見ているのか
これが盲目的タイサク支持に繋がっている

植松の罪は自らを神格化したこと
決めてはならぬ事を勝手に裁いたこと
しかしその陥穽に陥っている
オエライさんだらけじゃないか

24裏だの927だの、オモシロス

そしてそれを無思慮に従う
セケンも同罪なんだよ

昔上岡龍太郎と鶴瓶が
下半身にモザイクかけて
『見てるあんたも同罪じゃ』
流石ですねw



強引なる価値観のオシツケ
スパゲッティに誘っている
それが財政破綻の主要因
誰も幸福になどしない
それを拒否する権利はある
しかし現実は……
真に不本意ながらこうなった
毎月役所から還付の申請がウザイが
こうなった以上できる限り
自己負担で果てるつもりだ

たかが野球一つでも価値観を共有できぬ
無理して生き続ける必要もない
他人に干渉するのは御法度だが
自分にカンショウするのは自由。

ふたたび第二のコロナソードーに
巻き込まれるくらいなら、その前に
コロリころげた木の根っこ

 

★シリーズ終了

野球を見ていると
色々思い出して
それを有機的に繋げる作業を
条件反射的にしてしまう
とにかく膨大な量の映像が
頭を駆け巡る
それを図示化したり言語化
するのに難がある
自分の能力不足が残念だ

目の前で起こっているプレーを
見ることは大事
まずそこから
情報の洪水は雑音やね
そこを排除しながら
どうして、ど~でもいいこと
何でも安っぽいカンドーに結びつけるのか

それに慣らされすぎていないか
だから作り出された美談に
盲目的に従っちゃう

ちがうだろ、ちがうだろ

そこじゃないだろ

が、心の叫び

日常も非日常もこればかり。
もう疲れたな


ファンだから楽しめた
客観的には世紀の凡戦

85年もそうだが

タイガースは万全

相手はそうではなかったのが

狂いを生じさせ

トラがそのスキにつけ込めた。

勿論ケガがないのも実力

近本中野は体力もお化け

大山も立派。

 

ケガ、かつて書いたが

ちょっとしたアヤで

岡田さんは選手生命を

脅かされる大けがを負った左差し

その後は東京ドームこけら落としで

接触事故、これも影を落とした。

日テレはこのシーン

首が大きくひん曲がった岡田さんを

珍プレーとして何度も茶の間に流した。

彼らにはリスペクトも愛もない。

 

岡田さんの素晴らしいところは

それらを一切口にしなかったこと。

糧にして監督業に活かしたところ。

 

アレが流行語大賞って
世の中が如何に退屈かやね
一野球ファンとしても哀しいな

審査員長は学生時代

自大学の神として手を合わせながら

スタンドから見つめていた

はた山ハッチである。
当時の早稲田においては

岡田さんはバースみたいなもんですよ。

私は野球と阪神は大好きだが
周囲はどうしても好きになれない

 

せめて非日常で解放されたいのに

時代はどんどん非日常に

日常の理論を持ち込むヤボ

非日常が日常以上に日常

トートロ爺w

残念ながら阪神周囲はその雛形

日本の縮図