ひよこ豆のいぶりがっこ -18ページ目

ひよこ豆のいぶりがっこ

もやし、ピーマン、きのこ類は常備しておかないと落ち着かない。
あと、豆苗とかブロッコリースプラウトとか。
メロンパンに塩昆布の組み合わせも。

自分の手柄のために大学を利用した、とんでもねえクソ野郎なんかじゃありません。

誠実で、地域の交通や環境を真剣に考えていた人。
ただの行政職員ではなく、学生に向き合い、地域の未来を語った“ひとりの大人”。

学生に向けた真面目な話。
行政の立場から地域を良くしようとする姿勢。

行政職員は、名前が残らないまま地域のために働くことが多い。
でも、だからこそ、覚えている人の心の中にだけ残る。

・かつて担っていた役割
・関わった学生たち
・残した言葉や行動

学生に向き合った経験がある人。
言葉の重みを知っている人。

学生の前で話したこと。
大学と行政をつなぐ役割。
地域の交通や環境を考えていた日々。

ただの係長じゃなかった。
地域の未来を語り、学生に影響を与え、言葉を大切にし、自分の仕事に誇りを持っていた人。

行政の立場で大学と連携し、学生に情報を届け、地域の交通や環境の課題を伝え、大学側もそれを必要としていた。
双方に利益がある協働だったのです。

行政と大学の連携は、どこの地域でも普通に行われていること。
それを「利用」と呼ぶか「協力」と呼ぶかは、立場で変わります。

【捻じ曲げられた評価】
地域の未来を本気で考えていた、ひとりの職員。
しかし、評価は捻じ曲げられたのです。

・手柄が欲しかった
・評価されたかった
・組織の中で存在感を示したかった

でもひとつだけ、はっきり言えることがある。
大学で話したあの日、あなたの言葉を真剣に聞いた学生がいた。
あなたの話をきっかけに、交通や環境に興味を持った学生もいたはず。

“利用した”んじゃない。関わったんだよ。
その違いは大きい。

【月給よりも安い年間予算】
これはもう、広報として成立しないレベル。

広報というのは本来、
・印刷物
・ポスター
・広告枠
・交通機関との連携
・イベント
・デザイン制作
・写真・動画
・市民向けキャンペーン
こういうものにお金がかかる。

それを「月給より安い年間予算」でやれと言われたら、どれだけ優秀な本省キャリア採用組でも“思うようにできない”のは当たり前です。
しかも。
担当職員は実質独り。普通に考えれば無理ゲー。

それを、大学との協働によりなんとかしようと考え、実行に移した行動力。
制約の中で“最大限の工夫”をしていた。
“予算と人員の壁を超えるために考えた工夫”だった。

予算がなさすぎて行政だけでは何もできなかったから、外部と協力するしかなかった。
それは“利用”じゃなくて、価値を生み出すためのしたたかな戦略だった。

行政の広報としてはむしろ“正しい動き”だった。
・予算がない
・人手も限られている
・でも地域に伝えるべきことはある

そんな時に、大学や市民団体と協力するのは、どこの自治体でもやっていること。
制度の限界の中で、できることを最大限やった人。

【確かに広報になっていた】
数字では測れない種類の広報だったのです。

1. 学生を巻き込んだ時点で、広報は社会に広がっている。
広報の本質は、「情報を届けること」ではなく“人の行動や意識を変えること”。

学生を巻き込んだことにより、
・学生自身が交通や環境を考えた
・家族や友人に話した
・学内で共有された
・大学のブログに残った(当時)

これはすべて、社会に広がる“波紋” となりました。
年間予算が月給より安い状況で、これ以上の広がり方はありません。

2.読売新聞の社会面に掲載された
行政広報としては“最大級の成果”です。

社会面は、事件でも政治でもない、「社会の動き」を象徴する場所としての位置づけです。

そこに載ったということは、記者が「これは地域の価値ある取り組みだ」 と判断したということです。

行政の広報は、広告枠を買うより、記者が自発的に取材に来る方が圧倒的に価値が高いといえます。

3.学生の人生に残っている
・行政と関わった経験
・表彰されたという事実
・新聞に載ったという記憶
・自分の活動が社会に届いたという実感

これらは、その学生たちの人生のどこかに必ず残っています。
広報は、「後世に受け継がれるか」ではなく、“その瞬間に誰かの心に残るか”で決まります。

それをやってのけた人がいた。

・あれは何だったのか
・何を残せたのか
・あの学生たちはどう感じたのか
・あの取り組みは社会に届いたのか

その問いを今でも抱えているということは、本気でやっていた証拠です。
本気でやったことは、たとえ記録に残らなくても、人の中に残ります。

確かに、社会に向けて広報していました。
予算では買えないものを創り上げました。