損益分岐点 | この世の外ならどこへでもーモラハラ・DVからの自己回復日記

この世の外ならどこへでもーモラハラ・DVからの自己回復日記

2012年より「望郷解毒酒場」という謎のタイトルで書いてきたこのブログ。
離婚後は解毒する「毒」も無くなったのでタイトルを変えました(2021・4より)
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子どもの頃のこと。

物心ついたころから私は小さな平屋の家に住んでいて、

毎日、広い裏庭で友達と遊び、

そこの一角にあった物置の屋根に登って寝っ転がったりしてた。

 

その物置の屋根から見えるのが、その近所ではいちばん新しく大きな家だった。

高い屋根の上にバルコニーがせり出していて、家の中につながる小さなドアが付いていた。

 

そのドアに入りたいと思うと同時に、いつかそこに住めるような気がしてた。

誰にも言わなかったけど。

 

両親ともにマイホームを購入するなんて気はない人たちだったので、

当時住んでたのも借家だった。

ある日その家を引き払い引っ越した借家は、いつも見ていた大きな2階建ての家だった。

 

 

あのドアからバルコニーに出てみたら、以前住んでいた家の物置の屋根が見えた。

 

私が望めば何でも叶うのだと思った。

 

いつか、そう思えなくなったのは、

その後あまりに現実的にインパクトのある事が増えたからだ。

 

その大きな家に住んでた頃に、裁判所の強制執行に遭ったり

次に引っ越した家に、怖そうな取り立て屋さんが来たり

父が行方不明になったり急に戻ってきたり

祖父の葬儀で2時間ドラマ風の骨肉の争いみたいなものに直面したり

何かを望むとか望まない、の前に、思春期の女子にとって

向こうから有無を言わせずやってくる現実が激しすぎたもんで。

 

で、自分が望むものは何も手に入らない、と思うようになった。と思う。

好きになった男の子には好かれず、どうでもいい子に好かれるのが常だったし、望まないものばかりが来ると。

 

が、ほんとにすべてそうだったのか。

 

 

高卒で就職したけど、やりたかった勉強を自分で学費を稼いでし直して

憧れていた仕事に就いた。

優しい彼氏がいて、あちこち一緒に旅行へ行ったし、幸せな思いもした。

身体を壊して仕事を辞めて彼氏とも別れたけど

望んだものを掴んだのは確かだし、

仕事を辞めたいと思ったのも別れようと決めたのも自分だ。

で、別れたその足で、次の彼氏に会いに行った。

これが実はDVクソ男だったけれども(笑)

 

クソ男と別れた後で、住みたかった街に引っ越して仕事を見つけ、

友達をたくさん作り

自分が気に入った男を引っかけた。これが、友人の友人だったモラ夫(笑)

 

いずれも手に入れた後の、望まない現実の割合が大きすぎて、

そこにしか目がいかなかったのは仕方ない。

 

でも、

好きになった男とその時はうまくいった、というのも現実だし

今のことで言えば

古い家で不満はたくさんあるけど、そこそこ好みの部分もある家に住んで

文章を書く仕事がしたい、と言ってたことも、いまや仕事になってるし

店の経営だって、自転車こいでるみたいで大変だけど、一応経営者である。

カッコつけて「カフェ経営」とかも言っちゃえる。(言わないけどw)

子どもはとてもいい子に育ってて心配なことも無い。

カネがないことくらい。時に不安で困るのは。

 

 

あれ・・?

全て自分の意図に反したことばかり、とか、うまくいかないって思ってたけれども

 

結構いってることもあるのだ。

うまくいかなかったことがうまくいったことを上回ってたから、

全てがだめだった気がしてただけ。

 

今、対処をして自分自身の体質改善もして

「うまくいかなかったこと」を減らしているのだから

あとは損益と収益が逆転していくだけなんじゃなかろうか。

 

もしかしたら、限りなく分岐点に近いとこにいるんじゃないのかな、と

そんなことを考えてた。

 

ここから先へ行くのに、もう少し何が欲しいのか

自分の中ではっきりさせておこうと思う。