最近、私は自分の中にある“根深い罪悪感”と向き合っている。
それはとても静かで、でも日常のあちこちに顔を出してくる。
まるで、体の奥底にずっと眠っていたものが、今ようやく目を覚まし始めたかのように。
たとえば、人から少し強い口調で言われたとき。
たとえば、自分が何かを選んだだけなのに、相手の不機嫌に巻き込まれたとき。
そのたびに私は、「私が悪かったのかもしれない」と思ってしまう。
心のどこかで、“私は人に迷惑をかける存在”だと思い込んでいるから。
これは、子ども時代に植え付けられたものだった。
怒らせないように、嫌われないように、生き延びるために。
「ごめんなさい」と言うことで、自分を守ってきた。
本当は悪くないことも、「私が悪かった」と思うことで、嵐が通り過ぎるのを待ってきた。
でも、大人になった今、そのパターンが苦しさになっている。
人の顔色を伺い、イライラされたらすぐに自分を責め、
本当は怒っていい場面でも、シュンとして「I’m sorry」なんて言ってしまう。
本当は心の中で「なんで私がそこまで責任とらなきゃいけないの?」と叫んでいるのに。
この前もそんな出来事があった。
友人が子どもたちを連れて遊びに来たとき、私の家のキャビネットから勝手にお菓子を取り出して食べられた。
モヤっとした。
けれど、その場では何も言えなかった。
しかも後から、「これ、ちゃんと中身見た?」と、私が責められるような口調で言われた。
その瞬間、私は思わず「ごめん」と言ってしまっていた。でも、心の中では怒っていた。
怒って当然だった。
私は何も悪くない。
それは相手が自分で確認すべきことだし、そもそも勝手にキャビネットを開けられたことが嫌だったのに。
そのとき、私はようやく自分の中にある“罪悪感の自動スイッチ”に気づいた。
もうこのスイッチには、支配されなくてもいい。
私はこれから、「それは私の責任じゃない」と、静かに、でもはっきり言っていく。
罪悪感は、昔の私を守るために必要だった。
でも今の私は、もう違うやり方で自分を守れる。
「ごめんなさい」じゃなくて、「私はここにいていい」って、そう思いながら生きていきたい。
Sofia
