私はずっと、「極端」で生きてきた。
うまくいけば“完璧”、ダメなら“もう終わり”。
誰かにそっけなくされれば“嫌われた”、優しくされれば“好かれてる”。
0か100。白か黒。それしかなかった。
だけど最近、ふと気づいた。
「この“白黒の世界”って、すごく生きづらいな」って。
■ 白黒思考は、私たちが身につけた“生き延びるための技術”
虐待を受けて育った子どもにとって、
家庭は「安全」な場所ではなかった。
だから、
親の機嫌がいいか悪いか
今日は怒られる日かどうか
自分が“良い子”でいられるかどうか
そうやって常に“白か黒か”で判断しないと、生き延びられなかった。
白黒思考は、
ある意味では命を守るためのスイッチだった。
だから、大人になってもそのクセが抜けなくて、
ちょっとしたことですぐに自分を責めてしまったり、
人間関係の中で過敏に反応してしまったりする。
■ 白黒の世界は「安心」がない
白黒思考の世界には、「安心」がない。
白か黒、正しいか間違い、愛されるか捨てられるか――
そのどちらかしかないと、心がずっと張り詰めてしまう。
少し休んでも「サボってる」と思う
人に頼っても「迷惑かけてる」と思う
自分の感情が揺れると「不安定だ、ダメな私」と思う
グレーでいていい、曖昧でもいい、揺れててもいい。
その“中間の居場所”がないまま、生きてきた。
■ 本当は、白でも黒でもなくていい
でも、今なら少し思える。
白でも黒でもなくていい。
正しくなくてもいい。
「揺れてる私」でも、ちゃんとここにいていい。
それに気づくとき、
白と黒の間にあった優しい色たちが、少しずつ見えてくる。
ちょっと笑えた日も、十分いい日
迷ってる自分も、ちゃんと進んでる
誰かに助けてもらったって、ダメな人じゃない
■ 私は“変わる”んじゃなくて、“受け入れたい”と思った
昔の私は、「変わらなきゃ」とずっと思っていた。
「もっと強くならなきゃ」
「もっとポジティブに」
「もっと軽やかに」
でも、今は違う。
変えるんじゃなくて、“愛のままの私”を受け入れたい。
「今日ちょっと疲れちゃった私」も、
「不安になってしまう私」も、
「白黒では割り切れない気持ちでいっぱいな私」も、
そのまま、抱きしめてあげたい。
【あなたへ】
もし今、あなたも
「私は極端すぎるのかな?」
「また白黒でしか考えられなかった…」
そんなふうに思っていたとしても、
それは、あなたががんばって生きてきた証です。
白黒で考えるしかなかった日々の中で、
あなたはずっと、自分を守ってきた。
だから、今すぐグレーを選べなくても大丈夫。
今すぐ“柔らかく”なれなくても大丈夫。
少しずつ、心がゆるんで、
曖昧なことも「まあ、いっか」って思える日がきっと来るから。
あなたは、白でも黒でもなくていい。
あなたは、あなたのままで大丈夫だよ。
