ちょっと仲良くなったと思った人から、急に連絡が来なくなる。
私から送ったLINEやメッセージが、スーッとどこかへ吸い込まれて返ってこない。
それが繰り返されるたびに、「なんで? 私、なにかしたのかな」と思う。
いや、思おうとする。けど、正直もう、傷つきすぎて心が閉じかけてた。
最近やっと気づいたことがある。
私は人と関わると、どこかで“警戒モード”に入る。
最初は普通に仲良くできる。でも、相手のちょっとした違和感、何気ない一言が引っかかって、
それがどんどん膨らんで、頭の中でその人を「敵」にしていく。
自分ではまったく意識してなかったけど、
相手のことを皮肉に見たり、心の中で「どうせこういう人でしょ」と決めつけたりしてた。
最近とくにそれを感じたのが、職場での上司との関係。
女性の上司に対して、私はずっと「なんで私にばっかり仕事を押しつけるの?」ってイライラしてた。
でもその怒りの正体をたどっていくと、母親の影がそこにあった。
私の母は、幼い頃から私に無関心だった。
ギャンブルに依存していて、よく賭博場に連れて行かれた。
私がどんなにお腹が空いても、ろくにご飯も用意してくれなかった。
何日もいなくなったり、借金を残して消えたり。
最終的にはその借金を、私が代わりに返すことにもなった。
そんなふうに私は、「誰かの尻拭いをさせられる」「自分ばかりが責任を負わされる」ことに過剰に反応するようになっていた。
それは今も続いていて、仕事で何かを押しつけられると、
上司がそれと重なって見えた瞬間、私の頭の中ではもう戦争が始まっていた。
「どう言い負かしてやろう」「この発言の矛盾を突けば勝てる」
そんなシミュレーションが、まるで映画のシーンのように何度も脳内再生されてた。
それが、なぜか気持ちよくすら感じていた。
これ、“outer critic”=外側の批判者の声だったんだと知ったとき、
私は初めて、自分の中にあった「戦うモード」がどれだけ私を孤独にしてきたかを理解した。
「批判者の声は、都市の交通音のように、背景ノイズとして私たちに影響を与える」
私はそのノイズの中で、誰にも気づかれずに一人で戦ってきた。
でも、そのノイズは私を守るどころか、愛を壊し、つながりを遠ざけ、
“自分の方から孤独を選ばされる”人生を形づくってきた。
でも今は、気づけた。
頭の中で勝つより、誰かと本当に心を通わせることの方が、ずっと私にとって大事だって。
同じように、知らないうちに「戦うクセ」が染みついてしまったあなたへ。
それはあなたが“ひどい人”だからじゃなくて、
“生き残るために身につけてしまった、昔の武器”だっただけ。
そろそろ、その武器をおろしてもいいんじゃないかな。
そうしたら、本当の意味で、人との関係を築きなおせる日が来るかもしれない。
私と一緒に、その最初の一歩を踏み出してみない?
Sofia
🌿【インスタライブのお知らせ】🌙
Healing with Sophia のInstagramで、不定期のガイド瞑想&ジャーナリングライブを配信しています。
毒親育ち特有の孤独や不安、CPTSDや心の痛みを抱えてきたBeautiful Soulsのみなさんと、
静かに繋がれる時間を一緒に過ごしたいと思っています。
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