昨日、元夫のタックス申告に関する不正の疑いについてブログを書いた。
そのことで、自分の中の怒りや恐怖を感じながらも、冷静に自分を見つめることができたことが、
自分自身でもちょっと信じられないような、大きな変化だった。
でも、その怒りの奥から、ひとつの記憶がふっとよみがえってきた。
それは、私にとってずっと「心の奥に沈めていたけど、確かに存在していた傷」。
――あの、何も知らされずに突然、裁判所に呼び出された日のこと。
あの日の衝撃は、今でも身体が覚えてる。
郵便受けに入っていた、あの一通の手紙。
開いた瞬間、目に飛び込んできたのは――
“Divorce Hearing”
“You are summoned to appear in court.”
――え? なにこれ? 嘘でしょ?
アメリカで?
私、なにも聞いてないんだけど。
頭が真っ白になった。
時間が止まったような、でも心臓だけがバクバクしてるような、
足元が崩れるような感覚。あの瞬間のことは、今でも忘れられない。
そのとき私は、すでに彼がすべてを計画していたことを知らなかった。
彼は静かに、でも着実に、弁護士を雇い、書類を整え、
一方的に「準備万端」の状態で、私を裁判所に呼び出した。
私は…
子育てに追われていた。
言葉の壁や経済的不安の中で、精一杯、ただ毎日を生きていた。
目の前の生活を回すことに必死だった。
それでも、どこかで信じてた。
「彼とは話せるかもしれない」って。
「何かあるなら、ちゃんと話してくれるはずだ」って。
でも、彼は話し合うことを選ばなかった。
黙って、準備して、私を置いて、先に進んでいた。
その事実が、一番ショックだった。
私は「知らされなくてもいい存在」だったんだ、って。
私の声は、聞かれる必要のないものだったんだ、って。
あれから時間が経って、私は少しずつ自分を取り戻してきた。
でも、ふとしたことであの日の記憶がよみがえる。
体が凍りついたようになって、心が小さく縮こまる。
あの時の恐怖と孤独が、今でも私の中にいる。
でも、今回は違う。
私は今、怒りに支配される代わりに、
紙とペンを持って、自分の感情を見つめることができている。
誰かにぶつけるのではなく、まず自分を抱きしめてあげることができている。
私には今、話を聞いてくれる人がいる。
気持ちを整理できる場所がある。
そして何より、冷静に行動できる力が、私の中に育ってきている。
そして、このブログを読んでくれているあなたへ。
あなたはもう一人じゃないよ。
私たちは、ちゃんと乗り越えていけるし、
どんなに大変な時でも――
物事は、すべて収まるようにしかならないからね。
不安になっても、怖くなっても、
ちゃんと深呼吸して、
自分を信じて、冷静に対応できる自分を育てていこう。
その力は、もうあなたの中にあるよ。
ソフィア
お花見に行った🌸
