昨日、娘が私に勇気を出して話してくれたことがある。

それは、私が以前娘に言った言葉で、彼女が深く傷ついていたということだった。



私は時々ディスレギュレーションを起こしてしまうことがある。

(※ディスレギュレーションとは、感情のコントロールが一時的に難しくなり、強い言葉や態度で相手を傷つけてしまう状態のこと。)


そのときも私は辛さに飲み込まれ、娘にこんなことを言ってしまった。

「私は今本当に辛い。あなたがいることで結構大変な思いをしている。あなたがいなければ、私はここに住んでいないし、もっと自由に生きられたのに。」

もちろん、本心ではそんなことを思っていない。ただ、どうしようもなく苦しくて、娘を責めるような言い方になってしまった。

でも、娘はその言葉を真に受けてしまい、心を痛めていた。



それを昨日、娘は勇気を出して私に打ち明けてくれた。


きっと言うのは怖かったと思う。

私に嫌われるかもしれない、否定されるかもしれない——それでも彼女は、自分の心を信じて話してくれた。



私はすぐに謝った。

「本当にごめんね。そんなことを言うつもりはなかったのに、傷つけてしまってごめんね。」


そして、伝えてくれたことへの感謝も伝えた。

「言いにくかったよね。でも話してくれてありがとう。教えてくれて本当に嬉しかった。」




娘は私の目をまっすぐ見て、うなずいてくれた。そして、そっと私に寄り添ってくれた。

私はその小さな温もりに、思わず涙がこぼれそうになった。




そのとき、私はふと気づいた。


娘が見せてくれたこの大きくて偉大な愛は、かつて私が母に向けていた愛と同じだと。


幼い私は、どれだけ傷つけられても、どれだけ届かなくても、それでも母を愛していた。

どうしようもなく苦しくても、母を求め、信じようとしていた。


娘の愛を感じるほどに、そのときの小さな私の愛の深さを思い出して、ふいに自分が愛おしくなった。


「私も、あんなに一生懸命に愛してたんだな」


そう思ったら、幼い私をぎゅっと抱きしめたくなった。




娘を愛おしいと思えば思うほど、

幼い頃の私も愛おしくなった。


ずっと報われなかったけれど、あの頃の私も間違いなく、たくさん愛していた。


今、娘を抱きしめるたびに、その小さな私も一緒に抱きしめているような気がする。


娘は、私に愛を教えてくれる存在だ。

そして、その愛は私自身をも包み込んでくれる。



ソフィア