事後紹介
これくらいだともう原形が判別できないし、自分が特に気になる部分も目立たない
それでいてなんとなく雰囲気は想像できそう…なので、これくらいが丁度良いのかもしれない
「なんとなくわかる…かも」程度のものを小出しにして慣れるしかないかもしれない
ネガティヴな妄想が得意
けど同時にポジティブにも考えてたりする
けど結局ネガティヴ寄りに判断しがちだし、行動もそれに準ずる
被害妄想もなかなかのものかもしれない
基本悲観的で言われた事を卑屈に解釈する事が多い
本心では「こうだったら良いな」とか思ってても「どうせ」側でリアクションしてしまう
わざと(本心とは違う)悪く思われそうな事言ってしまう事がある
相手の反応を見たいのか、がっかりされたりした時に「あの時あんな態度とったせいだ」と思い込める保険を用意したいのか、良く思われるのが怖い為か…何れにしても滑稽だ
嫌われるのが怖いけどがっかりされたり疎まれる方がその何倍も怖い
怒られるの苦手で相手が怒ってると思うと何も言えなくなったりする
その沈黙に更にイラついてるとわかってても更に追い詰められて何も言えなくなる
無視とかじゃなくてどうにかしたくても一切動けなくなる
過去
自分の過去に関しては、ほぼ恥と後悔しかないので、言う事はない
過去(少なくとも良い状態で残されたもの)には勝てないと思ってる
常にそれと比較されるかと思うともう駄目だお終いだってなる
何か知ってしまうと事ある毎にその光景が浮かんで嫉妬に囚われ冷静で居られなくなる
だから人の過去を知るのは怖い
中途半端な潔癖症
人の過去にも適用される
デジタルにも適用される
よくある電車の吊革とかはわりと平気だったりする(できれば手洗いたいけど)
物や人が好ましくないものに触れるとそこにも適用される
良いものと悪いものが同じ空間にあるとストレスを感じる(いくらか距離を開けたい)
もしかしたら、この内のいくらかは単に神経質と言うのかもしれない
自分の身体で服の下にある部分は触ったら手洗いたくなる(肩はギリギリ大丈夫)
中古物件築十年以上辺りから怖い(住んできた人がわかれば大丈夫かもしれない)
中古とかレンタルとか苦手、中古は買わないレンタルはしない
対人の場合、相手に対する心の開き具合や感情によって適用レベルは変動する
迷惑かけがちだけどほんとは迷惑かけるの嫌い
気をつけようがある事なら極力迷惑かけるような事は避けたい
例えば風邪とかコロナとかそういうの人に移すのは絶対に避けたいそういうのは絶対駄目だ
自分が風邪引いてるのに「遊ぼうぜ」とか言うジャイアンみたいな人嫌い
自分が移されるだけならまだ許容できたとしても、そっからの迷惑を考えないのは駄目だ
例えば、気に食わないやつにインフル移したとして、それ自体はまあいいやって思えても、そのご家族がまともな人なら絶対迷惑かけてはいけない、だからそれは駄目な事だ
気を遣われるのも迷惑かけてるのと同じだし苦手
けど自然な優しい気遣いは嬉しいかもしれない…そこんとこ難しい
メールとか電話とか
まず苦手、自然にっていうのが凄く難しい
メールとかは、仮に返信できる時間がとれたとしても、しっかり考えて返す余裕がない状況なら返せない、適当にしたくない為に十分な余裕ができるまで待たせる事になる
つまり、決して忙しぶっているわけではなく、単に不器用なだけ
メールとかってほんとは続くように返すべきなんだろうけど、続けている内に退屈と思われるような流れになるのが怖くて、良い状態の内に切ろうとしてしまう(決して嫌なのではない)
電話も似たようなもので、楽しかったら長く話していたいと思うかもしれないけど、楽しいなら楽しい内に切らなきゃと思う…けどメールも電話も切るタイミングが難し過ぎる
ほんとは声が聴ける分電話の方が良いかもとは思うけど、電話は怖過ぎるし、文字にしろ声にしろ、表情が見えない気配が感じ取れないのは同じで、やはりどちらも苦手だし常に誤解等の不安が付き纏う
趣味や興味
近年は趣味と言えるほどの趣味が減ってきている、興味の幅も極端に狭まってる
趣味はその人を構成する重要な要素のひとつだと思うし、その人の人生や性格人間性が色濃く反映されるものだとも思う…ので、とても重要だ、と思う
趣味の近い人を見つけて嬉しいと思った事はあまりない、場合によっては敵視するかも
好きな物や事の話はある程度心を許した人としかできない
明らかにその人が興味無いだろうと思われる事はいくら自分が好きでも話せない
興味の無い事には徹底的に無関心、何か薦められたりしたとして、仲良くしてる相手だとしてももともと自分が全く興味無ければ少しも興味持てない
尊敬する人の好きな物には多少影響受けやすいかもしれない
仲良くしてる人と好きな物等共通した場合、もっと好きになる可能性が高い
人と趣味や興味を共有できる事はとても素晴らしく貴重な事だと思う
命とか生き死に
自分の命が軽いとか条件さえ整えばさっさと死んだ方がいいという考えは昔から変わらない
けど、歳のせいか、責任だとか死んだ場合の迷惑とかそういう事にも意識が向くようになった
それに加えて、死んだ後の事を考えると恐ろしいので自殺はできない
地獄があるとして、全員に平等に罰を与えようと思った場合、どういうシステムにすべきか
それを考えると仮定できる事がある…それを考えると絶対地獄には行きたくないと思う
既に決定している可能性も有り得るが、自殺は地獄行きを確実にしてしまう
ほぼ全てのものに命があると思う、心もたぶんある
ペットボトルやビニール袋は人口の命であまり心は感じられないが
何かすればしっかり何か返ってくる
常に意識すべきだ、他の生命を
