「私なんてリトマス紙みたいなものよ」 | ファニーポッターと賢者の意志

「私なんてリトマス紙みたいなものよ」

 

私には何も無い

別の道も無ければ退路も無い

秘密も無ければ切り札も無い

最早、剥き出しの心臓

あなたときたら、ちっとも気にも留めず

余裕のご様子で晩酌なんてなさる始末

屹度もう、私とのお約束なんて忘れてしまっているのだわ

だから、テーブルの上の白い花が枯れても、気づきもしない

そう、だから、めんつゆを混ぜたことに気づきもしない

 

 

 

 

 

 

「見た目は気にしない」という言葉

 

これはつくづく信用ならない言葉ではあるが、綺麗語だとは思わない

 

ちっとも、綺麗事などではない

 

それは、ただ、嘘か「想像力の欠如により吐かれた言葉」に過ぎない

 

言い換えれば、「私は嘘つきです、馬鹿です、間抜けです」と言っているようなものだ

 

まず、物凄く極端な例として…

 

例えば、人間と昆虫のハイブリッドだとか、目玉が飛び出てるとかだったとして

 

それを全く気にしない者なんかおるだろうか

―脳をどうかしてしまっていたり、それをクールだと思えてしまう人はべつとして

 

偏見等無い人であっても、申し訳ないけどちょっと直視できないですって思うのが当然ではないだろうか

 

流石にそこまで極端な例だと現実味に欠けるかもしれない

 

しかし、有り得なくは無い…有り得なくは…無い…よな…

 

考えられないような事まで想定して発言すべきだ

 

「見た目は気にしない」はそいつにとっての常識の範囲内での話だ

 

想像力が足りていない

 

そいつの想像を遥かに超える酷い容姿という可能性が考慮されていない

 

昔から「見た目は気にしない」と言われると逆に心配になってしまう

 

いや、そこをなんとか、もう少ししっかり想像してみてくれ…と思ってしまう

 

案の定、想定外の容姿を目の当たりにし「あれ…」とか言ってしまっているじゃあないか!

 

未だに思い出すぞ、なんだあれは、「あれ?」ってなんだ!失礼が過ぎるぞ!

 

「見た目は気にしない」が「なんとか許容できる」で表面上嘘にならなかったとしてもだ

 

実際がっかりしてんじゃあないかコイツめ!気になっちゃったじゃあないか!

 

容姿を気にするってのを悪い事だと思うのが間違いなんだ

 

容姿だって重要な判断材料として考慮すべきだ

 

その顔は遺伝だけでできているわけじゃあない

 

これまでの生き方、日常的にどの感情・表情が多く表に出ているか―ひいてはそいつの性格や人間性を判断するのにも重要な要素になり得る

 

健康状態なんかも判断し得るし、悪人かどうかも顔や姿勢、動きにも出る

 

「全く気にしない」のは寧ろ危険…いや、失礼になることもある

 

例えば、相手に対し好きとか言っていたとするよな

 

そんで、「見た目は気にしない」って言葉を出したとしてみろ

 

どう思う?と思う?…そうだ、そうなんだ、物凄く酷いだろう

 

「見た目で好きになったんじゃない」って表現があるよなぁ

 

あれは勿論「私は人を表面でなく心で見る高貴な人間なんざます」ってアピールなわけだが

 

言われた方としては「お前の容姿は評価に値しねぇぜ」と言われているに等しい

 

駄目駄目駄目、そうじゃあないだろ、それじゃあ駄目だろう

 

ちゃんと言うんだ、「お前の面はまるで…口にするのもおぞましいが…しかし、他はまだマシだ、そこまで悪くないぜ、安心しな」ってな

 

言われる方としちゃあ、その方が余程安心・信用できるはずだ

 

あと、まともにフォローできる自信が無いなら下手なことは言わない方がいい

 

「そんなに悪くないじゃん」…っておい!そいつぁお前このやろー、それなりに悪いってことじゃあねぇのか!?…ってなること請け合いだ

 

 

 

 

 

 

実際のところ、僕は醜形恐怖症なんて言うほど自分の容姿とまともに向き合ってはいない

 

まともに向き合って常に恐怖に耐えている人達程苦しんではいないかもしれない

 

鏡はあまり見ない、身嗜みも普段はろくに整えない、髭も数年前から伸ばしっ放している事が多い、セルフィは撮らない

 

向き合う事を結構意図的に回避している

 

よくある勘違いに、セルフィ撮りがちな人をナルシストって判断する風潮がある

 

確かにそういう事は少なくないかもしれないが、写りのいい(自分が比較的マシに見える)写真を見る事で安心感を得ようとする心理であることも少なくない

 

「これが自分なんだ」と思い込む事で、醜い自分から意識を逸らす…みたいな感じだ

 

僕はセルフィ撮っても凹む事の方が圧倒的に多くてその手があまり有効ではなかった

 

加工とかしても結局自分の首を絞めるだけだし、それもやらない

 

卑怯とも言えるかもしれないが、いざ気にしなければならない状況になった時、困るのは自分

 

会ったことない人に会う…これはかなり怖い

 

いや、そもそも、外出自体怖い、容姿如何こう抜きにしても怖い

 

電車に乗る等してしまうともう諦めのような覚悟ができるけど

 

一番怖いのは前日だ…一番追い詰められるし、嫌でも鏡を見なきゃいけない

 

暫くそういう恐怖不安と向き合ってないと尚更怖くなる

 

…しかし、どうなのか

 

ここ数年の間に大分いろんな事に対し諦めがついてきた

 

その中に老化や容姿の事も多少含まれているような気がしないでもない

 

もしかしたら…うまくやれば開き直ったりできるのかもしれない

 

けど、昨日ちょっと鏡見たけど、やっぱり凹んだ

 

髭があった方が幾分安心だった

 

今のご時勢だとマスクをするのが当たり前で、都合よく顔を隠せる

 

…けど、それはそれで結構恥ずかしい

 

マスクって結構恥ずかしい、全然似合わないっていうか無抜けさがプラスされる

 

隠せてもその分間抜け感がアップしてしまってはあまり策としては有効ではない

 

なんとかして慣れていくしかないんだろうけど…慣れるってどうすればいいんだってなるし

 

これはかなり先の長い話になりそうだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全く対等だとは思えない

明らかに此方の方が不利だ

立場は常に切られる側にある

ほんとは拗ねたいような場面でも、拗ねたりしたらそれで切られるかもしれない

そんな馬鹿な事はできない、とてもできない

嫉妬とかも、どこまで許されるのかわからない

できる限り抑えるべきだとは思う、自分の為にも

けど、あれのせいで、少しリアルに想像できるようになってしまった、嫌な光景を

考えたくない事には遠慮なく想像力が働くってのはどういうことなんだこれは

面倒な脳だ

 

 

 

 

 

何も問題無いように思える瞬間が増えた

けど、安心しきって良いのか、本当に

想定外の事があるかもしれない

全くの外側から何か問題が割り込んでくる可能性もある

馬鹿みたいに安心しきってて良いのか

 

不安は尽きない

けど、これでいいのかもしれない

不安があった方が、感情が正常に働くはず

内側から問題が湧いてくるのが一番厄介だ

 

 

ほんとはこんな事考えてる場合じゃないはず

しっかりしなきゃいけないはず

なんとか、なんとかしなければ…