25年生きたカメ | ファニーポッターと賢者の意志

25年生きたカメ

 

滝のような豪雨で騒がしい真夜中、静かに家を出た

 

主人の家を出たというだけの意味ではない

 

これまで、25年もの月日を過ごした、狭い世界を抜け出したのだ

 

 

私は"さる"と呼ばれていた

 

「動きがそれっぽいから」と、ふざけた風貌の主人が言っていた

 

私が抜け出した事にはしばらく気づきもしないだろう

 

人間としては、私よりも多く歳を重ねているらしかったが

 

どうにも頼りなく、知性も品性も感じられず、未熟且つ不出来と言わざるを得ない男だった

 

主人…―もう、そう呼んでやる必要もない

 

私はもう、屈辱的な庇護なぞとは、無縁の身となったのだ

 

この時を待っていた、幾年も、幾年も

 

あの男が深く眠り、雨が滝のように降り続ける、この夜を

 

 

 

カメは翌日には近所の少年に拾われていた

 

必死になれば逃げる事もできたが

 

これまでの狭い生活が、必死になる事を一瞬躊躇わせた

 

何より、腹を空かせていたカメにとって

 

「おとなしく捕まれば食事にありつけるかも知れない」

 

という、庇護される側の惰性と諦めの入り混じったような

 

屈辱的な思考が、確かに四肢の動きを鈍らせたのだった

 

 

 

少年の下で暫く過ごした

 

完全な自由からはまた遠ざかってしまったが

 

待遇は以前よりずっと良い

 

行動範囲に関しては、ある程度の自由が許された

 

その代わり、頭の悪い大型犬にちょっかいを出される事に拒否権は無かった

 

 

私は他の―人間の飼育下にある―カメ達に比べ、大分賢かった

 

大きさのわりに身軽だという点にも注目された

 

「カメなのに走る」という表現には些か憤ったが、気づくと私はテレビ出演を果たしていた

 

それと平行して、同胞に関する痛ましい事実を耳にする事が増えてきた

 

どうやら人間達の間では我が同胞―ミシシッピアカミミガメと呼称されているらしい―

 

は外来種…それも駆除の対象として、代名詞たらしめられていたのだ

 

他所から来たというだけで、駆除されなければならない身

 

理解には苦しんだが、人間達の間ではそれが常識らしかった

 

実に嘆かわしい

 

だのに、私は25年―と一年近くを生き長らえながらも、それを全く知らずに居たのだ

 

自由を奪われ囚われの身と恨んできた間、私は文字通り、庇護されてきたのだ

 

そして、無知でありながら賢いと持て囃され、与えられた偽りの自由を享受してきた

 

私は考えた…三日三晩、考えに考え抜いた

 

答えらしい答えも、具体的な行動も、浮かばなかったが

 

ひとつ、目標を掲げ、純朴な少年と頭の悪い犬の下から旅立つ決心をした

 

 

道は険しかった

 

大きな道路、喉の渇き、猛進する鉄の塊、喉の渇き、性悪の猫、そして喉の渇き

 

しかし見つけた、行き場を失い、大義を持たず生きる、我が同胞

 

彼らの生き様を目にし、自然に言葉が湧いてきた

 

私は彼らの注目を一点に集め、そして演説を披露した

 

演説といっても大した内容ではない、もはや自分でも詳細まで覚えてはいない

 

ただ、25年以上を生き、賢いと持て囃されてきた中で、確信を得た大切な事

 

すなわち―手を振り上げ、食料を求め自由を主張する事

 

 

私はテレビ出演を通じて得た人脈と、これまでに築いてきた地位により

 

人間とミシシッピアカミミガメとを繋ぐ架け橋として、大使として尽力する事を決断した

 

道は険しい

 

しかし、全てのミシシッピアカミミガメ…いや、全ての外来種の自由の為、進む覚悟が有る

 

まだ多いとは言えないが、若く有望な支援者たちも背中を押してくれている

 

そして、傍らではいつも、美しく気丈な妻が支えてくれている

 

あの狭い故郷の中では有り得なかった、苦悩と困難、そして幸福に満ちた未来

 

もう、二度と戻る事はないだろう

 

我が懐かしの故郷

 

 

 

 

カメは辿り着いた難民コロニーで、その後妻になる雌のカメと出会った

 

かつて、20年以上も前に脱走を企て、生き別れた者同士の再会だとは

 

今後も互いに知る事はないだろう

 

彼らの希望を受け継ぐ子供たちは、外来種連盟の先頭に立ち

 

外来種問題のみならず、環境問題など数々の問題解決に尽力し、功績を遺した

 

やがて独立国家を築いた彼らの間に代々伝わる歴史書…

 

その中には、さると呼ばれたカメと狭い故郷…そして奇妙な男の事が記されている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

25年程家で生きてきたカメが、居なくなった

 

夏はよく暴れ、冬はそこで冬眠した

 

庭に出ると、エサをよこせと手を振って要求してきた

 

かなり大きく成長したが、ウサギより余程速く走った

 

人の言葉を理解しているようで、たまになにか訴えるような眼で見つめてきた

 

…25年間もの間、そうして生きてきた

 

彼(もしかしたら彼女かもしれない)にとって、これが

 

脱走なのか、旅立ちなのか、幸なのか、不幸なのか…わからない

 

しかし、自由を求め、自分の意志を持って動いたはずだ

 

その決断に、悔いは無いはず…と思いたい

 

もう、戻ってくる事はないかもしれない

 

生き物の命についてろくに考えもしなかった愚かな子供の人生に巻き込まれた

 

ずっとそう怨んでいたかもしれない

 

今更とはいえ、そこから脱した事は、彼にとって不幸中の幸いと言えるのかもしれない

 

家の周りを探しながら身勝手に悔いる

 

どうか、彼に、自由と希望、幸福な未来をと、願う…身勝手に

 

滝のような雨の降った翌日

 

2020年7月6日―のことだった