さて、私はというと 金曜日には息子の運動会がありました。
暑くもなく、日差しも良い加減で 最高の運動会日和でした。
ちょっとしたアクシデントもあったり
という連休から始まり、今朝は、 大ファン佐渡裕さん司会の 題名のない音楽会を 久しぶりに拝見しました。
今日はマーラー特集でした。
交響曲5番4楽章のアダージョと 9番を、金聖響さん指揮で、演奏してくださいました。
息子はこの9番に興味があり、 初めて買って欲しいとせがまれたのが、バーンスタイン指揮のこの9番でした。
私は5番が大好きです。
大好きな映画監督、ルキノ・ヴィスコンティの『ヴェニスに死す』に使われ、また最近では、マーラーとその妻アルマ(名前違っていたらごめんなさい)
の生涯を描いた映画にも使われています。
美しい旋律と切なく響くアダージョでのメロディー。
感情が激しく揺さ振られる、というより、穏やかな気持ち(何もない、というより、乗り越えた後の、哀しみや切なさを残像に残す静けさみたいな)のなか、自然にどこからともなく涙が頬を伝う、そんなイメージ
佐渡さんが、『遠い記憶のような』 と、表現していらっしゃいました、本当にそういう感じの、
切ない美しい曲で、朝から心の奥が引っ張られるような そんな気分になり浸っていました


マーラーも人生の中で 様々なことがあったのだろうなぁ、と想像してみたり、
みんな生きていると、色々なことがあるなぁ、と考えていました。
そして、9番は壮絶過ぎて、私にとっては、受けとめきれないくらいなと思うほどの、すごい曲というイメージがありましたが、
今日、金さんがおっしゃった言葉に、感動し、9番をまた違った観点で感じれました。
スコアの中に、9番の曲の終わりに、『息絶えるように』というマーラー自身の指示が記されているそうです。
それは、まるで、マーラー自身の人生の終焉を告げるような、ろうそくの炎が消える前のような、そんなことを連想させます。
そして、金さんの言葉、
色々あった人生だけれど、最後はマーラー自身、それでも人生は素晴らしい、という思いと共に締めくくった、と受け止めています。
なんだか感動してしまいました

モーツァルトも同じような事を 最後思っていたと、いつか聞いたことがありますが、
色々あっても、たくさん哀しみや痛みを経験して、最後にあちらに帰るとき、それでも人生は素晴らしい、と思えるって 最終的には幸せな人生だったのだろうなと思います。
しかし、その幸せとは、何もなく、ただ、楽しい楽しいで感じる幸せとは、深さが全く違うのでしょうね。
マーラーが何故あれほどの、美しく切ないアダージョを作れたのか、そして9番の壮絶な表現の生まれた所以、を少し垣間見た気がしました。
人間は皆、それぞれの経験からその人だけの旋律を作っているのですね。
そのそれぞれの旋律が時にハーモニーとして折り重なっている。
そして、自然もそこにおりなすハーモニーがあって、
そう考えると、『存在』 は愛おしい のですね。
たまにメロディーを外してしまったり、上手くハモれなかったりするけれど、
それでも一生懸命生きて経験から生まれた、旋律は美しいな、と思いました。
朝から、色々と『なんちゃって哲学』 してしまいました
今日皆様にとって 素晴らしい日でありますように


の中 絵画教室
に行ってまいりました。
は曲がるし。
をカッターで削ってくださいネ』
鉛筆最初から削ってあるわけではないの?(当たり前だ)』
( ̄□ ̄;)!! 
。そして、今も再びマイブームになっています。