20世紀初頭から日本人移民が開拓し、マニラ麻の生産地として世界的にその名を知られたダバオ。
著者はダバオ市の日本人が運営するミンタル病院勤務医師の四男として1938年に生まれた。
なお、母は看護婦・助産婦だった。
自然が豊かで、現地の人たちとも親しく暮らしていた楽園から、敗戦の色がこくなるにつれて悲劇の島へ。
父は日本兵にスパイだとして銃剣で殺され、地獄の逃避行が始まる。
終戦後、投降して収容所へ。その後、引き上げた母の故郷の信州での苦難の生活が綴られる。
25年ほど前にフィリピンに駐在していた時、ダバオへも2度行ったので、手に取った。
戦争が人々を狂わせ、悲劇をうむ重い内容。
私が生まれ育った1950年代は、戦後復興の最中、まだ戦争の傷跡が街にも人々の心に残っていることを幼いながら感じた。その当時の記憶が蘇ってきた。
