京都の名刹大徳寺大仙院の尾関宗園閑栖が、住職だった26年前に著した本。
妻の両親が22年前に、当時高校3年生の長男に課題図書として感想文を書いてくるようにと渡したようだ(私はフィリピンに単身赴任中だった)が、放ったらかしになっていて、昨年11月に引越したときに見つけた。
妻は当時を振り返って、「長男と示し合わせて、無視することにした」と言っていた。
自分が子供の頃、両親からさんざんあれをやれ、これをやれと押し付けられて育てられた反抗心が、結婚後もしっかりと刻みつけられていた。
そんな背景もあって、この本を見つけたら、すぐさま処分しようと言われたが、私はどんな本か興味があったので、本棚に戻して、この度読んでみた。
読んでみて、この本は社会に出て、いろいろな経験をして壁にぶち当たったり、悩みを持った人に向けた本で、社会経験のない高校生に読ませて感想文を出させてようとするのは無理強いに近いと感じた。
50年の会社生活で、いろいろな苦難を乗り越えてきた私には、住職の言わんとすることに100%賛同する訳ではないが、自分の人生を振り返って、人間の生き方を再整理し、学ぶところが多かった。
・人生は川の流れだ、濁流もあれば急流もある
「生き抜く」ということは、ただ単に「サジを投げずにコツコツやる」とか「身近なことから片付ける」というほどのことなのです。
・いっしょに悩み、ひとつになって考える
住職が悩みを持った人が相談に来たときの基本的スタンス。こころとこころか通じ合うことが肝要
・心を込めて真空で繰り返す。新たな自分が発見できる
自分だけにしかない道を発見するには、繰り返しが必要です。同じ繰り返しでも、心を込めて空になってやらなければなんにめなりません。空になって繰り返しを行っているうちに、自分のなかになにかが準備されていきます。ほかのひとが真似できないもの、生きるためのカギになるものが見えてきます。





