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子どもたちと妻に花をあげた話は昨日書きましたが、
今日はもう一つの母の日について(母の話)です。
私がこのコロナ禍で何が一番気になっているかと言えば、旅行に行けないことよりも友人と会えていないことよりも、両親とずっと会えていないことです。もうかれこれ1年半くらい会えていません。
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私の地元では、小中学校(公立)の同級生の多くはずっと県内にいるか、あるいは大学だけ県外に出ても地元に戻って就職しました。
そんななか、私の兄弟は皆、18歳で東京の大学に行ってそのまま県外で就職し、県外に居を構えました。
自分で言うのも何ですが、私は一般的な意味では結構親孝行な方かなと思うのですが、そんな話をしたいわけではありません。大学以降そのまま離れて県外で暮らしている私は、この先あと何回両親に会えるだろうかと考えてしまうと、両親に対して何とも言えない申し訳ないような、やりきれない気持ちをいつも胸に抱えているのです。
そんなわけで、ただでさえ少ない親と会う機会がコロナ禍でますます減っていることが本当に辛いのですが、母の日に花を送りました。植物の世話をするのは好きな母なので、世話をして色の変化を楽しめそうなこちらの「フェアリーアイ」というアジサイを送りました。母はこういうのを本当に喜んでくれるので、送り甲斐があります。
もう今年で喜寿を迎える母は、定年まで公立高校で教員をしていました。時代が時代なので育休すらなく、そして職場の女性比率が今よりもずっと少なくて(しかも田舎ですから…)周囲の理解も低いなか、定年まで教員として勤めあげることはどれほど大変だったでしょうか。
私が小さい頃、母は本当に毎日忙しくしていたので、私は勉強を教えてもらったことは全くありませんし、それどころか小さい頃は十分に会話をする時間もあったかどうか…という感じです。
私は家のカギを持って小学校に通い、帰るとカバンだけ置いて自分で友達のうちに遊びに行く生活を小1からしていました。

それでも、授業の準備をしたりテストの丸つけをしたりと毎日家でも仕事をし、知的なことや文化的なものを好んで楽しみ、人を大切にしてたくさんの人に囲まれている母の背中を見て学んだことは本当に多く、感謝の気持ちでいっぱいです。会ってもメールでも、思っていることの何分の1かしか本人には伝えられていないと思いますが…![]()
共働きで子どもの面倒を十分に見てあげられないことに罪悪感のようなものを感じているお母さんがいたら、大丈夫ですよと伝えたいです。子どもは色々見ていて必ず後から分かってきます!
ちなみに私の母は結構な心配性で、そのせいで私も小さい頃はいつも何かに怯えるようなところがありました(笑) それについても後日、改めて書きたいと思います。
DREAMS COME TRUE / あなたのように
あなたのようにつよい人で やさしい人でありたい あなたのように前を向いて 大きい人でありたい
迷う時には道しるべに 闇を照らす灯台に そこにいてくれてありがとう ありがとう ありがとう
歳とともに涙もろくなってきて、こういう歌を聴くと涙が出てしまっていけません

