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いち薬学生のつれづれなるブログ

作・東野圭吾

推理小説で、中心テーマは殺人リレー。

人間の愛憎と、自己中心性が描かれている。
純真な愛を持ったように見える人間でも、心の底には憎しみやエゴが渦巻いているものだ。
結局は、エゴによって自分が破滅していく。
そんな恐さが描かれた作品だった。
ネットの書評などは見ていないから分からないが、「ブルータス」と言えば「ブルータス、お前もか」を連想する。
作者の意図は分からないが、ブルータスは主人公のエゴを投影した姿であり、
エゴにより自分が破滅するその瞬間に、カエサルのような気持ちになったのではなかろうか。
カエサルにとってのブルータスは腹心の一人だったように、主人公にとってブルータスは腹心以外の何物でもないのだ。
作・東野圭吾

主人公とともに混乱しながら読むと面白い。

「僕を苦しめてるのは、記憶なんだ」

「僕は弱い人間だ」

人間の本質に迫るような一言。

記憶は自分の脳内で日々編集されていき、改変されていく。
うーむ、なんだか仏教的だぞ。
恥はかけるときにかこう。

人前で恥をかくことは、決して恥ではない。むしろ強みになる。

なぜなら、恥をかくことを恐れて何もアクションしないことがもっとも恐ろしいからだ。

「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」とも言うではないか。

案外、恥をかいても一年経てば忘れてる。

死んだら何も覚えていないかもしれないし。
マイク・マクマナス著「ソース」を読んで。

シンプルかつ明快に、人生を楽しく生きていくための方法論が示されている。

私は得に、夢を実現するためには、その夢を実現したとき、
自分はこうあるだろうという
“在り方”英語で言うと“Be”が本質であり、
形式への執着は捨てたほうがよいという部分に惹かれた。
最近、ぼんやりと考えていたことを、明確に言葉で表現してもらった気がしたのだ。
私は紆余曲折をへて薬学生という立場に落ち着いているが、
これは、外界から与えられた「こうあるべき」というお手本に従うときの
違和感に素直にしたがい、自分の中の“ワクワク”に忠実であるように
軌道修正した結果であると感じている。

アマゾンでレビューを読んでいたら、
自己啓発系の書籍を読んだりセミナーに出席している時の心理状態は
多少の「そう」の状態にあるため、
数日かけて自分の内面を見つめて適宜修正していくことが必要だ、
という指摘があり、なるほどそうだなと思った。
私も、これで色々と失敗したり自己卑下に陥ったこともあったためだ。
日本では美徳にすらなることがある「自責の念」。

これは、自分の力を縮こませ、ネガティブな感情に満たされることから、決して美徳ではない気がする。

内心は自分は悪くないと思っていても、「私が悪いんです」と言うのは、ただの建前。

本音でも、自分に対してガッカリしている場合は、建前の場合よりタチが悪い。
なぜなら、本当に力が出なくなるし、ポジティブなことが見えなくなる。