「糖尿根治とは?」もう少し掘り下げてみます。
前回の記事に貴重なコメントをいただきましたので、
引用させていただき、
以下に、私のコメントを書かせていただきました。
(コメント欄には長文すぎて、書き切れなかった・・・笑)
以下、頂いたコメントです。
先日、糖尿病が治ったのに(血糖値、A1cとも正常値)まだ、治療が続く不満を書きました。
全部は理解でき泣けど、大きな範囲でバランスを回復しないとダメなのですね。
でもこの様に広範囲で正常な人間が居ますか?
一度、糖尿病になっただけで、何故厳しいバランスの良さを要求されるのでしょうか?
しかし、論理的矛盾がある
貴方に診断されたわけではないですが、
数十項目の生化学的データと血糖値=240及びA1c=12のデータから、糖尿病と診断されました。
数ヶ月の食事管理、運動、薬の服用の結果、2つのデータは正常値に戻りました。生化学的データも勿論正常値です。
不具合部分が無くなれば正常でしょう?
これは完治だとするのが、論理的に正しいと思いますが。
完治後のアフターケアーだというなら判りますが。
~~~~~~ここまで。
血糖値とHbA1cが正常範囲値に落ち着かれてほんとうに良かったですね。
糖尿病の場合も、
組織の状態には
「可逆な変異(元に戻る)」である程度の不具合と
「不可逆な変異(元に戻らない)」である程度の不具合とが
あるかと思われます。
糖尿病の進行の度合いによっては、
組織の大半が「不可逆な変異(元に戻らない)」となってしまいます。
その場合、
「完治 ⇒ 完全に治る ⇒ 組織が正常に戻る」というのは無理です。
特に、「腎臓の糸球体」などはその典型でしょう。
「透析(慢性腎不全)」にいたる患者さんの数は、
糖尿病から発症するケースが、最も多いと言われます。
もちろん、主因は高血圧合併だと思います。
これは、血液中の単糖類(ブドウ糖)の「反応性の高さ」が原因です。
つまり、血糖値が高いほど不可逆反応は進むわけです。
主に、糖とタンパク質の反応です。
また、
インスリンは腎でも代謝排泄されるので、
腎の機能が低下すると、
血液中のインスリンが減りにくくなるので、
血糖降下薬の量を減らさねばならなくなります
(クスリは減りますが、腎は確実に悪い方へ進んでいます)。
そうなると、低血糖のリスクが高まります。
この段階で、浮腫(むくみ)、精神的不安定、うっ血性心不全などが出始めることがあります。ネフローゼ症候群ですね。
糖尿病と確定した時点で、
腎症前期(第1期)と見なさねばならないことが多いです。
なぜならば、糖尿病と判定される前段階、
すなわち耐糖能異常の時に、
糸球体はじゅうぶんに「反応性に富んだ単糖」に暴露しています。
したがって、
糖尿病の洗礼を受けた方にとっては、
血圧コントロールが、血糖コントロールと同じくらい、
あるいはそれ以上に大切です。
それをないがしろにすると、静かに「腎」をむしばむことになります。
糖尿病性腎症だけでも、さまざまな病態が複合的に絡んできます。
この根(roots)の不具合を
一つ一つ適切な状態に近づけてゆくことを
私は「根治」と呼んでいます。
けっして、様々な疾患で、
「がんじがらめにしよう」としているのではありません。
様々な疾患の原因は,もとはと言えば、単に、
「血液中のブドウ糖(単糖)の濃度が大きい」
ことだけです。
そこから始まっています。
そもそも、私たちのからだには、
「血糖値を上げる仕組み」は何重にも備わっていますが、
「血糖値を下げる仕組み」は,(顕著なものとして)
「インスリン」というホルモンだけです。
この、事実から何が予想できますでしょうか。
おそらく、私たちの「からだ」にとって
毎日連綿と続く「穀物摂取」は、
「想定外であった」のではないか、
という想像を私はせざるを得ません。
炭水化物(穀物)は,
飢餓に備えた栄養補給食品だったに違いない・・・
運良く可能になる炭水化物摂取は
(これは穀物栽培が可能になる前のころの現実だったろうと思います)、
それによって蓄えられる中性脂肪によって、
飢餓を乗り切る仕組みであって、
まさに、
飢餓対策がメインだったのではないか・・・。
その裏付けとして、
私たちはタンパク質や脂質から、
肝臓でブドウ糖をつくり出す仕組み(糖新生)を
しっかりもっています。
あえて、危険な(反応性に富んだ)単糖類を、
小腸から血中に取り込む必要はそれほどないのです。
つまり、
肉や魚などのタンパク質と脂質などを摂取できれば、
必要なエネルギーは、
充分に得られる仕組みがあるのです。
にもかかわらず、現代は・・・・、
あたかも、非常事態(飢餓)の連続のように、
毎日毎日、(飢餓に備えるかのごとく)、
穀物(炭水化物:米や麦)を主食と称して、
ふんだんに、
十分すぎるほど、
摂取し続けていることになります。
「敢えて反応性に富んで危険な「単糖」を
摂取する仕組み」は、
飢餓という死に直結した事態を
できるかぎり
「回避するための苦肉の策」、
「身を切ってでも
エネルギー源を備蓄するための策」であって、
「規則正しい三度の食事と称して、ほぼ一定量を摂取する習慣」
ではないと、私は考えています。
ですから、
言うまでもなく、
これを毎日続けていては、
「本来の恒常性」を保ちにくくなります。
今こそ、
根底から『(穀物を主食とする)常識』を
再検証すべきだと思います。
炭水化物摂取を極力減らし、
食物繊維を充分に摂り、
炭水化物を減らした分だけのエネルギー源を
タンパク質や脂質摂取で補充、
適切なエネルギー消費、
それも、
「合理的に筋を使う」エネルギー消費を
続けなければならないと考えます。
以上のような理由が
他の合併症、
アルツハイマー(認知症など)、
がん、
感染症、
心疾患、
脳血管障害、
うつ病、
その他、
の病態に複雑に絡んでいます。
これらの病態は、
糖尿病の方に発症リスクの高いものです。
これらに関わる様々な根(roots)、
すなわち組織の不具合が
反応性に富んだ糖、
すなわち糖毒性によって
引き起こされるわけです。
これを一つ一つ解消してゆくことが
糖尿根治なのです(勝手な屁理屈かもしれません)。
私の感覚では、
血糖値が正常範囲に収まったあとは、
アフターケアと呼びたいですが、
after ではないのです。
まして、薬物コントロールによる
血糖コントロールは、
恒常性に逆抗する行為です。
私たちのからだは、
「血糖を上げるような仕組みが必要な状態」
こそが自然であり、
「血糖値を下げる仕組みを無理矢理付加することは、
不自然な状態を続けていることになりませんでしょうか。
そんな意味で、
糖尿根治は、
その一つ一つの取り組みが
忘れそうになっている「夢と希望」を託せる、
恒常性の維持修正という
作業なのです。
たいていの方が、
驚くべき多変数関数のような状態を
絶妙にバランスしていると
私は思います。
それがわかるのは、
いくつかの不具合があっても
何とか、バランスをとっていける事実です。
僭越ですが,私の中では、
矛盾がないのです。