「炎のストッパー」(津田恒美) | ☆ワシの終活☆

「炎のストッパー」(津田恒美)

7月20日は、元プロ野球選手(広島東洋カープ)津田恒美(1960年8月1日~1993年7月20日)の命日です。
毎年、同じ事を言っています。
カープファンじゃないとわからないよね。
「ツネゴン」こと津田恒美選手は、自分にとってヒーローです。
彼は自分と同い年です(同郷ではありませんが…)
1981年のドラフト1位で広島東洋カープに入団したとき凄い奴が入ったものだと思いました。
入団当時の背番号は、カープのレジェンドとなった黒田博樹投手が背負っていた15番でした。(クローザーとして活躍したときは背番号14番になりました)
その頃、自分は故郷を離れて、不慣れな関東(千葉の田舎ですが…)に上京し、勉学に励んでいたころでした。
そんな時、彼の頑張りが、自分の心のよりどころでもありました。
先発投手として11勝6敗の成績を残し、球団初の新人王に輝いた入団1年目の1982年は、津田投手を見るために球場(特に横浜)に足を運んだものです。
プロ入り初勝利した、対大洋ホエールズ戦(現横浜DeNAベイスターズ、横浜スタジアム)(1982年4月29日)も観戦しました。
真っ向勝負の彼のストレートが好きでした。
彼の躍り上がる投球フィニシュ!
人なっつこい笑顔!
そして、彼が先発からリリーフに転向しても、応援は続きました。
カープのクローザとして名を残しているのは大野豊さんや江夏豊さんかもしれません。
でも、自分の中で、一番は「炎のストッパー」と形容された津田恒美投手です。
その当時、そんな津田が病魔に冒されてたとは全然知りませんでした。
いつの間にか、相手打者に敢然と立ち向かう彼の姿が無くなり、いつの間にかこの世からいなくなっていたのが、自分の記憶です。
同い年であるからこそ、その死が惜しまれます。
でも、彼の精神が今のカープの選手に伝授されて行くことを信じています
そして、「直球勝負 笑顔と闘志を忘れないために」と刻まれたメモリアルプレート。
触れることはできないよなあ。
「ツネゴン」などと形容できるような怪物のような選手は出てこないだろうか?
「弱気は最大の敵!!」
カープの選手諸君よ、この言葉を噛みしめて、いざ戦え!!
(以前の記事を引用しました)