原子力は危険な劇薬? | ☆ワシの終活☆

原子力は危険な劇薬?

今年は、被爆そして戦後80年ということで、

過去の記事を、引用して、再度、繰り返し書きます

12年前(2014年)の記事ですが、内容をそのまま引用します

「(被爆国から2014)原子力は危険な薬 歯止めが必要(朝日新聞デジタルより、2014年5月)」

脚本家 倉本聰さん(79(当時))のお話

「 3・11まで原発に無知でした。事故後、福島を何度も訪れ、勉強もしました。それから震災や原発を絡めた舞台を作っています。

 昨年、上演した「夜想曲―ノクターン」。東日本大震災のはるか前に福島の詩人が書いた、まるで事故を予言したかのような詩に触発されて書いたものです。昨年に出した評論「ヒトに問う」では、文明の進歩が人類の破局をもたらす、と警鐘を鳴らしました。

 破局の要因の一つは原子力。原発反対というと政治的なようですが、僕は人間として反対しています。なのに、福島の風化のスピードが速い。経済が成り立たないという考え方のもと、原発を推進する力が広がっています。

 原子力は危険な薬と似ています。どこかで歯止めをかけないと、飲み過ぎてしまう。「原子力発電所」という言葉も意図的な気がする。なぜ「核発電所」と言わないのか。平和利用に見せるため、あえて核と言わなかったんじゃないか。

 1995年の地下鉄サリン事件のすぐ後。(脚本家を養成する)富良野塾に大学で化学を学んだ女の子が入ってきました。「サリン作れる?」と聞くと「作れる」と簡単に言う。作れるけど作らない倫理観、哲学がないといけない。でも、科学が発達して善悪の判断が追いつかなくなる。作ってはいけないものを作ったのが、原爆です。

 アインシュタインはインタビューで「第3次世界大戦の武器は何か」と問われて、「第3次はわからないが、第4次は石だろう」と言っています。第3次で地球が破滅して石ころしか残らないと解釈されることが多いですが、僕は違う。

 第4次の頃には人間の英知が正しい方向に向かい、戦争という愚かなものに科学を使ってはいけない、と気づくと考えたのではないか。たとえば、ブッシュとフセインが石で殴り合う。これは「退化」のようですが、「進歩」と思う。退化はいまや進歩です。(聞き手・岡田将平)」

倉本さんは「原子力は危険な薬」と言っていますが、劇薬でしょうね

最近読んだ武田邦彦著の「2015年放射能クライシス」でも、こんなことが書かれていました

「たとえ話ですが、もし畑に青酸カリがまかれたら、誰もが迷うことなく、青酸カリを土壌から取り除いてから農作物を植えるでしょう

青酸カリを放射性物質に置きかえて考えれば、日本人や日本国土を守るために今すぐ何をしなければいけないのか、はっきりとわかっていただけると思います

放射性セシウム137の50%致死量(成人、経口の場合)は0.1ミリグラム程度です

これに対して青酸カリの50%致死量(成人、経口の場合)は200ミリグラム程度ですから、青酸カリの方が2000倍程度、セシウムより毒性が低いという関係にあります

「放射性物質は目に見えない」と、よく耳にしますが、科学的には「あまりに毒性が強いので、目に見えないほどの微量でも死に至るもの」と言えます

青酸カリは一般的に猛毒であることが知られているので、例にだしましたが、セシウムの方が青酸カリより約2000倍の猛毒であることは一般的に知られていないため、驚く方も多いと思います

しかし、このようなことこそ政府や自治体などが国民に知らせる必要があり、除染しないまま作物を生産することに慎重にならなければいけないのです」

まだ、国民はこのようなことを理解していないのではないでしょうか?