何が何でもやらにゃあいけんのです | ☆ワシの終活☆

何が何でもやらにゃあいけんのです

今年は、被爆そして戦後80年ということで、

過去の記事を、引用して、再度、繰り返し書きます

今年もまたまた同じことを言います

NHK「ヒロシマ 復興を夢みた男たち」を見て(11年前)

浜井信三

自分は広島市出身の身ながら、この人の存在をよく知りませんでした

戦後、助役から、選挙によって広島の市長となった人、浜井信三氏

本「よみがえった都市 復興の軌跡 原爆市長 浜井信三」

この本は、原爆によって破壊された広島を復興させた浜井信三氏の自叙伝です

東日本大震災によって破壊された人々に送られた本だそうです

中国新聞社(広島市本社)にその本のもとになった手記がありました

「広島市政秘話 付平和宣言」広島市長浜井信三

広島市長になって十年後に浜井信三市長が残した手記だそうです

浜井市長は原爆症を煩いながらも復興に尽力した人です

「おのれに徹して人のために生きよう」浜井市長が手帳に残した言葉です

「夢を語ろうの会」

画家:福井芳郎、NHK広島中央放送局長:石島冶志、茶の宗匠:永田清次郎、建築士:河内義就など

浜井市長を囲む彼らが、純音楽茶房「ムシカ」で、夢を語り、広島の復興に貢献したそうです

100メートル幅の道路はこの時、話が出たと言うことです

あの原爆の惨状を詩に残していた峠三吉も復興案をだしていたそうです

 

浜井市長が選挙の時に出した「いかにしてもやらねばならない3つの約束事」

1,市政の民生化を図る事

2.市民生活の安定を図る事

3.復興事業を速やかに軌道に乗せる事

「何が何でもやらにゃあいけんのです」

まさに、今の日本もやらねばならない基本なこと

 

原爆資料館に浜井市長の銅像があるのは気づきませんでした(銅像があることは知ってました)

「広島の父」と言われた浜井信三さん

浜井氏が復興に尽力を尽くし、立ち直った今、日本自身はどこに行こうとしているのか?

浜井氏がいらっしゃったら、今の日本をどのように思っただろうか?

浜井信三さんのような国会議員あるいは首相は誕生しないのだろうか?

今一度、本「よみがえった都市 復興の軌跡 原爆市長 浜井信三」を読んでみたい

(去年の記事を引用しました)