ラジオ | ☆ワシの終活☆

ラジオ

今日(7月12日)は「ラジオ本放送の日」だそうです
1925(大14)年、東京放送局(現NHK)がラジオの本放送を始めた日にちなんで制定されたそうです
幼い時から、自分はテレビを見て(白黒時代から)育ちました
でも、物心ついた頃、自分は、部屋で、ラジオを良く聞いていました
最初に手にしたのは、祖父が買ってくれた、ゲルマニウムラジオ
電池が必要なく、カーテンレールをアンテナにする非常に原始的なものでした
(ラジオからクリップがついた線が出てました)
ラジオの構成部品だって、数点の簡単なものです
当然、音声増幅力は微力だったので、イヤホンからかすかに聞こえる音を耳を澄ませて聞いてました
(父の形見の電池を使うトランジスターラジオもあったけど、壊れていました)
初めて聞いたのが、萩本欽一さん司会で30分番組だった「欽ちゃんのドンとやってみよう!」
面白かった
それから、ラジカセを祖父に買ってもらい、普通に番組を聞き始めたかなあ
ステレオでは無く、スピーカー一つのモノラル
FM放送もこのラジカセで聞いてました
ソニーのラジカセだったと思います
このころ、全世界の短波放送が聞けるソニーの「スカイセンサー5500」と言うラジオが販売されていて、みんなの注目の的だったなあ
それが、小学校から中学校にかけてだったと思います
中学時代は授業でラジオを作って、聞いてました(次男も同じようなラジオを学校で作ったようです)
そして、高校になっても、ラジカセは健在
深夜番組を聞き始めました
もちろん、広島でも聞くことができた「オールナイト・ニッポン」
(いくつか当時の放送を録音したカセットテープがまだ手元に残っています)
残念ながら1部だけ、3時からは「走れ歌謡曲」と言う番組になってました
オール・ナイト・ニッポンが2部構成になっていることを知りませんでした
この頃から寝不足が始まったかな?
地元広島でも、「柏村武昭のサテライト№1」がローカル的ではあったけど人気番組としてよく聞いていました
公開番組だったので、スタジオにもよく行ったなあ
(放送を録音したカセットテープが手元に残っています)
そして、関東に上京して、学生時代は、自分の小遣い(いや、親のお金が大半だったかな?)で、ステレオラジカセを買って、FM放送を聞きまくり
今では、死語ですが、エアーチェックで映画音楽やいろいろな音楽をカセットテープに録音してばかりしました
(その当時、録音したカセットテープがいまだに500本近く残ってます)
今は、みんなテレビばかりを見る時代になりましたね
耳に入る情報より、目から取得する情報量の方が多いですからね
さすがに、自分も、最近では、ラジオより、テレビでしょうか?
スマホでも、画像放送を見れる世の中ですからね
最近は、パソコンでネット放送を聞くようになりました
たまにパソコン作業をしながら、聞いてます
ながら作業をするには、やっぱり、ラジオがいいですね(かみさんは料理しながらラジオ聞いてます)
そして、2011年3月11日の東日本大震災で、痛感したラジオの大切さ
停電したとき、ラジオからの情報は救いでした
今後も、テレビはドンドン進化して行くでしょうが、ラジオも無くならないと思います
ときにはテレビを消して、音だけを楽しむラジオの魅力を、じっくり味わってみるのもいいかもしれませんね
(去年の記事を引用しました)