推しキャラ(その1)黒影豹馬・ブラックジャガー(black jaguar)の第二の命日(その一) | ☆ワシの終活☆

推しキャラ(その1)黒影豹馬・ブラックジャガー(black jaguar)の第二の命日(その一)

7月8日?は黒影豹馬・ブラックジャガーの第二の命日

 

1973年に放映された特撮時代劇「風雲ライオン丸」のサブキャラクターの命日は、先日記事にしたように、1973年6月23日(土曜日)に放映されたテレビ版「風雲ライオン丸」第11話「生きていたタイガージョー!」である

しかし、漫画版は違う

サンケイ新聞に掲載された漫画「風雲ライオン丸」では、1973年7月8日?(日曜日)ごろと思われます

この日は当時のサンケイ新聞を詳しく調べたわけではないので、推測の日です

 

特に題名はないが、ザグロ・ズク対ライオン丸・豹馬の戦いで、ズクとザグロの術と技にかかり、豹馬はブラックジャガー(漫画ではジャガーマン)に変身することなく殺されてしまう

テレビで、彼が降板になったので、急きょ、作者の若林不二吾(うしおそうじのペンネーム)が豹馬を殺すまでを描くことになってしまったのだろうか?

 

そのワンシーンが以下

テレビ版では、何も言わずに逝ってしまった黒影豹馬だが、このサンケイ新聞に掲載された漫画「風雲ライオン丸」では、死に際の一言がある

「お……お……、おいら……あ、人生をあまくみた…ム…ム」

 

たぶん、企画者のうしおそうじ氏は、もっと黒影豹馬・ブラックジャガーの詳しいことを描きたかったのではないかと思って、この言葉を添えたのではないかと思う

豹馬の無念の言葉は、うしおそうじ氏とブラックジャガー製作者の高山良策氏の無念の言葉だったのではないだろうか?

豹シリーズが、豹マン(パイロット版)、ジャガーマン(パイロット版)と続き、ブラックジャガーで3度目の正直だったのだから

その後、シルバージャガーもパイロット版のみで日の目を見ることはなかった

 

さて、ライオン丸は、テレビ版と同じように、豹馬の死を食い止めることはできなかった

しかし、漫画では豹馬の死を見届けて、すぐさまかたき討ちをすることはできている

そして、豹馬の亡骸を拝むライオン丸

テレビ版と同じように、豹馬の墓も志乃・三吉・獅子丸が作って、悲しんでくれている

 

と、ここまでは、テレビ版も、この若林不二吾(うしおそうじ)が描いたサンケイ新聞に掲載された漫画「風雲ライオン丸」でも、黒影豹馬・ブラックジャガーは、それなりの死にざまが丁寧に描かれている。

そして、死後も志乃・三吉・獅子丸に丁重に葬らるように描かれている。

 

しかし、1973年の4月号から10月号の「冒険王」に掲載された一峰大二の作画による「風雲ライオン丸」に登場するブラックジャガー(漫画ではジャガーマン)は違った

たぶん、命日は7月号にあたると思われる

作画がダイナミックな一峰大二氏であったせいもあると思うのだが、うしおそうじの企画が、黒影豹馬・ブラックジャガーをこの世から葬り去るような衝撃的なシーンになっている

 

自分の推しのこだわり

黒影豹馬・ブラックジャガーの第二の命日(その二)へつづく