幸せなら手をたたこう | ☆ワシの終活☆

幸せなら手をたたこう

「幸せなら手をたたこう」

今は亡き歌手・坂本九さんが歌った有名な歌

ほとんどの人が、小学校などで教わったのではないだろうか?

この歌のルーツは、日本とフィリピン、そして戦争と平和にあるらしいのです

このヒット曲の作詞者、木村利人・早稲田大学名誉教授

1959年4月後半、当時25歳で早大大学院生だった木村青年は羽田から空路、マニラに向かったそうです

YMCA主催の勤労奉仕キャンプに参加するためでした

5月初旬、彼は北部ルソンのダグパン市ロカオでのワークキャンプに合流したそうです

日本人は彼一人だけ

ダグパンでは炎天下の中、地元YMCAのフィリピン人青年たちとトイレの穴掘りや小学校の井戸掘りなどで共に汗を流したそうです

彼らとの交流の中で、木村青年は日本軍の占領時代にフィリピン人が蒙った惨禍を具体的に知り、犠牲者や家族の悲しみにも触れて、大きなショックと深い罪悪感に襲われたようです

何かと話し相手になってくれたラルフ

彼の父は日本軍に殺され、母も刀傷を負いながらかろうじて生き延びたそうです

ラルフ自身は何も言わなかったが、後日、彼の友人がそう教えてくれたそうです

また、自宅に招き、宿泊させてくれたナアヴァ氏

戦争中、憲兵隊司令部(サンチャゴ要塞)に拘禁され、日本兵から拷問を受けていました

終戦から14年、日比両国が国交を回復して3年も経っていましたが、戦争の傷跡はなお生々しかったと言います

木村青年は滞在中、フィリピン各地で温かく迎えられました

フィリピン人は「態度で示して」彼に親切にし、歓待してくれました

「我らはキリストにありて友なのだ(Tayo ay mga kaibigan kay Kristo)」

あるフィリピン人青年はこう言ったそうです

木村青年は赦しと友好の精神を態度で示してくれたフィリピン人への感謝の気持ちを形に表した いと強く思ったそうです

そして、船で帰国の途上、フィリピンの人々への謝意を歌に託したそうです

キャンプ地のロカオ小学校で子供たちが楽しそうに歌っていたスペイン民謡のメロディを思い出し、その曲に日本語の歌詞をつけたそうです

キャンプ中に皆で読んだ旧約聖書の詩編47がヒントになり、かくして「幸せなら手をたたこう」の歌が誕生したそうです

「幸せなら態度で示そうよ」

普段何気なく聞いたり、歌ったりしている歌

その背景には、こんな物語があったことを我々はよく知っておく必要があると思います

そして、今度、この歌に出会ったら、今一度、その拝啓を思い出してもらいたいと思います

友好の気持ちは、物的物以上に、態度で示す必要があるのでしょうね