原爆孤児たちの訴え(1)
被爆二世である自分が、2015年が被爆・戦後70年と言うときに、森瀧市郎著の「「核と人類は共存できない」核絶対否定への歩み」七つ森書館(当時1800円(税抜))を読んだことを記事にしました。
その中に、原爆孤児たちの訴えが記載されていましたので、数日をかけて紹介します。
「一面焼け野が原と化し、死体があちこちに転がっていた広島の街が9年間ですっかり都会らしく復興しました
箱庭のような美しい街を空からみていると何だかウソのような気がします
でも両親に抱かれて一家五人が楽しく暮らしていた水主町の家はあのあたりだとわかるだけで、そのあとにはだれか知らない人が住んでいます
平和広場の慰霊祭に集まった数千人の人がまるでアリのようです
みんな僕のように親、兄弟をなくした人ばかりでしょう
平和を願う声が機上まで聞こえてくるようです
警察学校の建物の下敷きになって焼け死に遺骨さえわからなかったおとうさん、疎開先からおとうさんに会いに行って寺町の路上でやけどを負い一ヶ月後に頭の髪が抜けて苦しがって死んでいったかわいそうなおかあさんを思い出し「おかあちゃん」と思わず叫んで涙ぐんでしまいました
空からみた原爆ドームはガイ骨のようなみにくい姿をさらけ出していました
原爆を落とした米国の飛行士は一瞬にして美しい建物が原爆ドームのように変わり果てた広島の姿をどういう気持ちでながめたことでしょう
広島城も跡形もなくいまは青々とした草にいろどられています
地上の争いことなど天上からみたらほんのささなことで、もっと大きく世界をみつめ、希望をもちましょう
でも世界はまだ平和のためにまとまらないでいます
悲しいことです
これからは広島の子供たちが中心になって世界を平和にするよう努力したいと誓いました
(国泰寺中学K君手記)」
あなたは、今の平和な生活が当たり前だと勘違いしていませんか?