被爆二世 | ☆ワシの終活☆

被爆二世

自分の祖父は、8月6日、教師ということで広島市内の学校に向かっていて被爆した

しかし、自分の父は?

当時、15歳だった父は、広島市内の学校に通っていた

でも、8月6日の当日、学徒作業で、30kmぐらい離れたところで、朝から作業していたそうだ。

そして、翌7日、広島市内に入市している。

祖父は被爆者手帳を持っていることを知っていた(現物を見たことはない)が、父が被爆者手帳を持ってるかどうかわからなかった。

父が五十数年前に亡くなって以来、その事実は分からず、知ることも無かった。

しかし、父は被爆者手帳を持っていた

被爆者だった。

分かったのは、母からのちょっとした話からだった。

今から十数年前だった。

その時点で、自分は、被爆二世が確定。

そして、自分の子供たちは、被爆三世が確定した。

それから、不安がよぎるようになる。

この記事も当時気になった。

「被爆2世、消えぬ不安=遺伝恐れ、差別も体験―原爆忌2017年8/6(日) 19:24配信、時事通信」

 広島の被爆者を父母に持つ「被爆2世」の不安は、原爆投下から72年がたつ今も消えない。

  今年になって26人の2世が、国に慰謝料を求める訴訟を広島地裁に起こした。

原告の1人、広島県福山市の中学校教員占部正弘さん(当時59)は、10年前から喉の痛みを感じている。

被爆し、肝臓がんで亡くなった父を思い、放射能の影響に恐れを抱き続ける。

  全国被爆2世団体連絡協議会によると、被爆2世は全国に少なくとも30万~50万人いるとされる。

訴訟で被爆2世らは、放射線の影響は遺伝している可能性があり、健康不安を抱えているのに十分な支援を受けていないと主張。

国側は「遺伝は科学的に立証されていない」と反論している。

  占部さんの両腕には子どもの頃に突然、白斑ができた。被爆直後、父親の背中にできたものと似ている。

「体の表面に遺伝があるのなら、内部にもあるかもしれない」という思いが消えない。

  約20年前、被爆2世の知人女性が乳がんのため40代で亡くなった。

女性からは、「2世はがんになりやすいから」と注意を促されていた。

「もし彼女が被爆者として認められていれば、健康手帳を交付されていれば、生きていたかもしれない」。

そう考え、訴訟への参加を決めた。

  訴訟で被爆2世は、差別の存在も訴える。

占部さん自身もかつて縁談が持ち上がった際、仲人から「(2世であることは)相手方に言わん方がいい」と勧められた経験がある。

結婚後、被爆2世であることを隠したままの人は少なくないという。

  仮に勝訴しても、「2世は原爆の遺伝を受けた障害者だ」と、さらに差別を助長してしまうのではとのジレンマも感じる。

それでも、「自分たちだけでなく、子や孫まで将来、がんになるかもしれない。その時に何の手だてもない方が問題だ」と、訴訟の意義を訴える。

  2019年には教員を定年退職する。

教え子の被爆3世にも健康不安が残ることを憂慮し、「裁判で勝てば、彼らも国の支援を受けられるようになる」と話す。

教え子らには、「核のない平和な世の中のために、声を上げられる人間になってほしい」と願っている。 

 

自分は、もう、還暦を過ぎた。

たぶん、がんなどの重篤な疾病が発生しても、それは、一般の人の発生率と変わらない確立だろう。

でも、子供たちはどうなのだろう?

そればかり気になる。

二世より三世は、より一世の遺伝の情報は薄くなる。

子どもたちは、自分の遺伝情報より、原爆遺伝は少なくなっていると思いたい。

でも、隔世遺伝と言う言葉ものある。

不安はまだある。

こんなこと、一般の人には、関係ない苦痛だろう。

それが、放射能物質の影響なんだ!!

今年も、被爆二世の健康診断の時期がやってくる。