平和祈念式典
8月9日長崎
今日、快晴の中、長崎で平和祈念式典が行われました
長崎は、自分にとって、原爆以外にも関わりのある町です
長崎県には姪が広島市から嫁いでいます
自分が福岡に転勤していたときも、仕事で度々訪れていました
その時、防災関係の仕事で土木作業を行いました
その後、茨城の工場に帰ってからも、別の仕事(防衛関係の仕事)で、全く違う仕事のために、度々、長崎を訪れました
自分にとって、縁が深い土地かもしれません
そんな長崎市に、79年前の8月9日11時2分、原爆が炸裂しました
(「ファットマン」プルトニウム型、ちなみに広島市に落とされた原爆は「リトルボーイ」ウラン型)
長崎の平和公園や平和記念資料館は見に行きました
今の長崎からは、想像できない写真が多くあって、衝撃をうけました
広島で平和記念資料館を幾度見ていてもです
今の長崎は、その当時の傷跡も無く、すばらしい町になっています
しかし、その長崎市も、戦後、長崎市の中心地(繁華街)である思案橋が1m以上もの水に浸かってしまう大災害(土石流)にあっています
(自分はその災害に対する防災設備の設置工事を長崎で行いました)
そのたびに復興している町なのです
広島より、いろいろな被害にあっていると言っていいかもしれません
そして、転勤している時、長崎の原爆について同時に勉強しました
広島市出身の人間で親族に被爆者を持つ人間だからそれができましたが、他県の人間だったら原爆すら気づかなかったかもしれません
原爆について何も知識のない茨城出身の妻も新婚旅行の時に長崎の平和記念資料館に連れて行きました
(当然、広島の平和公園や平和記念資料館も妻や子ども達を連れて行っています)
災害などの被害は、テレビや新聞、写真で見ても恐いだけで、実感がわかなのが現実ではないでしょうか?
それが人間かもしれません
実際にその地に行って感じるしかないでしょう
人間は病気でも事故でも何事も自分で体験しないと本当の危機感が湧いてこないような気がします
でも、今の自分たちには、少しでもそれを感じ想像することが必要だと思います
メールやブログで、すべてが伝わるとは思っていません
でも、感じてもらえれば、興味を持ってもらえれば、まず、一つハードルを越えることはできると思います
何も言わないよりはましでしょう
何も知らないでは、平和を語れるはずはないのだから…
(2007年8月9日の手記を利用しました)