核と人類は存続できない | ☆ワシの終活☆

核と人類は存続できない

過去の記事を拾い出して書き出します

 

「<核フォーラム>「過ち繰り返させない」広島で訴え(毎日新聞より、2015年 11月)」

9年前(2015年)、広島市で開催された「核のない未来を! 世界核被害者フォーラム」では、世界の核被害者からの現場報告がありました

インドのウラン鉱山近くに住む先住民や米国の核実験被害者、広島・長崎の被爆者やチェルノブイリ原発の労働者ら約15人が登壇し、核利用のあらゆる場面で甚大な放射線被害が起きていると訴えたそうです(その後は調べていないのでわかりません)

登壇者の米国人作家メアリー・ディクソンさん(当時60)は、1951~92年に米国が核実験を繰り返したネバダ実験場近郊の町に現在も暮らし、29歳の時に甲状腺がんを患ったそうです

多くの周辺住民もがんなどを発症していると報告し、「悲劇を直接知る私たちがともに立ち上がり、過ちを繰り返させないようにすべきだ」と訴えたそうです

 

9年前(2015年)、被爆・戦後70年と言うこともあって、森瀧市郎著の「核と人類は共存できない」核絶対否定への歩み」七つ森書館(1800円(税抜))を読みました

核の軍事利用と「平和(商業)」利用の幻想を問い、核社会をするどく告発する足跡書いたものでした

 

原子爆弾

終戦間際に、広島と長崎に落とされた爆弾

戦時中、アメリカ本土での実験と広島・長崎に落としたもの全部で3個作られました

 

その原爆の「被爆者」は、広島と長崎でしかないと勘違いしている人が多くいるかもしれません

「被爆」は一回目に行われたアメリカの原爆実験でもありました

アメリカ海兵隊の「被爆」

その後、原爆より数百倍の威力がある水爆が開発されて、その核実験がアメリカ領のビキニ環礁で行われました

それによる猟師や現地人の「被爆」

あの有名な第5福竜丸の「被爆」

そして、それが「被曝」となるともっと範囲は広がります(「爆」では無く「曝」です)

原爆の開発・実験、そして、水爆の開発・実験において、ウラン採掘で「被曝」したオーストラリアのアボリジニーやアメリカのインディアン

多分、今の核保有国の中にも「被曝者」はたくさんいるはずです

そのことを現代の人たちは全然知らない

無知無関心だから

この原爆・核兵器そして、原発に至るまで、放射性物質の影響を受けて、何らかの疾病を発症した人たちは数多くいるはずなのです

だから、森瀧市郎氏は「核と人類は存続できない」と言い続けたのだと思います

そして、被爆者と被曝者は訴え続けているのです

あなたは、今の平和な生活が当たり前だと勘違いしていませんか?