(戦争と平和1623)今日はある軍人の誕生日
毎年同じことを書いています
今日(4月4日)は、山本五十六(やまもと いそろく、1884年4月4日~1943年4月18日)の誕生日
山本五十六を知ったのはいつだっただろうか?
幼少の時に、戦車や戦闘機のプラモデルを買ってもらって、その中に軍艦がありました
その軍艦を調べてゆく内に、東郷平八郎(日露戦争)や山本五十六の存在を知りました
何事も、最初は単純な事から始まり、深く深く追求して行くのが当時の自分であったと思います
いまだに戦闘機、戦車や軍艦に興味をもっているのは幼少に買ったプラモデルのせいだったのでしょうね
(長男が、軍艦に興味を持ったのはその影響だったのでしょうか?彼は戦艦大和が好きなようです)
また、第二次大戦のことについても…
以前ブログにも書きましたが、当時は、第二次大戦の軍艦や航空機に興味を持ち、いろいろ調べていました
今でもあるかどうかわからないですが、潮書房の「丸スペシャル」という雑誌やサンケイ出版の第二次大戦ブックを本屋に行っては購入して来て、軍艦や航空機を調べていました
(いまだに「丸」は持っておりましたが、全部長男に渡しました)
だから、戦争映画にも小さいときから興味をもって見ていました
OD色が好きなのも、このせいでしょう
映画「連合艦隊司令長官山本五十六-太平洋戦争70年目の真実-」は見た方も多いと思います
自分も地上波放送されたものをようやく見ました
山本五十六とは、第二次大戦中の大日本帝国海軍の軍人、連合艦隊司令長官だった人と言えばよいでしょうか?
当時、欧米について一番精通しており、軍人でありながら「開戦を一番避けたい」と感じていた人物であることは間違いないでしょう
それは、単に第二次大戦で、悲惨な最後を飾った軍人ということだけではなく、その人間性と祖国を思う気持ちに共感するものでした
第二次大戦のいろいろな戦記を読むうちに、山本五十六と言う人が、いかに戦争を嫌い、いかに戦争にならないように考えていたかを知ることとなりました
映画「トラトラトラ」でも、戦争を好まぬ天皇陛下と戦争を一番避けようとした山本五十六が合う前のシーンに悲壮感があったことを覚えています
(でも、山本五十六もその流れに流され、戦いを始めてしまった一人であることも間違いありません)
日露戦争で勝ってしまった、いや、かろうじて勝たせてもらってから、日本の勘違いは始まりました
(いや、すべては、明治維新から始まったのかもしれません)
「日本以外はすべて取るに足らない」、「日本は絶対だと」、日本国民がみんな思ってしまった
そんな中でも、世界を見つめ、冷静にその動向を見ていたのは、山本五十六だったのだろうと思います
どんな戦争も消耗戦
無償で勝つことは絶対にあり得ない
戦争を始めたら、終わることの大変さは、山本五十六が一番わかっていたのではないでしょうか?
プレイボールの合図があって、試合終了の合図がある、野球とは違います
終戦(1945年)から、もう、71年が経ちます
国民は、この映画を見て、もう一度、「戦い」とは、「戦争」とはどういうことかを考えるべきではないでしょうか?
これは、人類すべての人が考えねばならないと思います
どのような理由であっても、戦争はしてはならない…
絶対に…
(去年・一昨年・3年前・4年前・5年前・6年前の記事も引用しました)
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最後までお読み頂き
ありがとうございます♪
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そして、今日誕生日のすべての人へ
お誕生日、おめでとうございます!!
これからはじまる一年が、健やかな日々でありますように。
そして、今日あることに、みなさまのご先祖様に感謝し、明日が素晴らしい日々でありますように、祈っております
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