(気象1601)天気図記念日 | ☆ワシの終活☆

(気象1601)天気図記念日

去年・一昨年・3年前の記事をもう一度



今日(2月16日)は「天気図記念日」だそうです


1883(明治16)年のこの日の午前6時の観測値と天気にもとづいて、日本初の天気図が作成されたといわれ、それを記念して制定されたそうです


一般の人にとって、天気図は、テレビの天気予報や新聞やネットのお天気サイトの天気予報欄で見る程度でしょうね


そんな天気図を、自分は、見るだけでは無く、作っていた時期がありました


それは、三十数年前


自分が高校生の時


高校時代、地学部に入部したとき、いきなり先輩から訓練を受けたのが、天気図の書き方!!


AMラジオのNHK第2から、定期的に流れてくる気象台発表の気象情報を聞き取って、天気図に展開し、天気図を書き上げるのです


例えば「室戸岬では、東北東の風、風力2、06ミリバール、曇り」


(三十数年前ですから、気圧の単位ミリバールでした、1006ミリバールを略して06ミリバールと言ってました)


などと、ラジオのアナウンサーが各観測地点の天気情報を淡々と読み上げるのを天気図に書き写して行くのです


最初は聞き取れない!書けない!全然ダメ!のダメダメ状態が続いて大変でした


地吹雪とか砂塵嵐なんて、アナウンサーの口から発せられたら、パニックでしたね

(モンゴルではあるんですよね)


一般の人は、地吹雪とか砂塵嵐の記号なんて、想像もつきませんよね


さらに、台風接近の時は、風力が強くなるので、風力の線を書くのが多くなり大変


台風の時の天気図作成は、鍛えられたなあ


(先日、全国に吹いた春一番でも、天気図作成は大変だと思います)


さらに、船舶からの気象情報もあるので、その場合は緯度経度の情報も加味するのでもっと大変


観測ポイントの情報を聞き取り、書き写すことができたら、今度は、その情報から等圧線を書き出すのです


これはちょっと、想像力が要求されました


海の上は、船舶からの情報しかないのですが、その情報が少ないと、等圧線の描き方を想像して書かないとだめなんですよね


(その頃は気象衛星の写真なんてありませんでしたので、情報が非常に少ない)


数時間前や前日の天気図を見て想像もするのですが…


当時、天気図作成作業のプロフェッショナルは、女性の先輩でした


何しろ、作成が早いし、綺麗でした


昔は、気象庁の予報官も天気図を毎日何枚も手書きしていたと思います


だから、大変だったと思います


今は、コンピューターで情報収集・天気図の作成を短時間でやっていると思いますので、そんな苦労もないでしょうね


今、天気図を書けと言われたら…


もう、書けません…


でも、ボケ防止には天気図作成はいい訓練かもしれませんね


そして、高校時代の知識があったら、気象予報士の資格は取れたかも…


手元には、まだ、高三の時に参考書として買った「やさしい天気図教室 天気図の見方手引き」(初版が昭和43年で、昭和53年の改訂版を購入しました)が残っています


まあ、懐かしい想い出です


(去年・一昨年・3年前の記事を引用しました)


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最後までお読み頂き
ありがとうございます♪
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そして、今日誕生日のすべての人へ
お誕生日、おめでとうございます!!
これからはじまる一年が、健やかな日々でありますように。
そして、今日あることに、みなさまのご先祖様に感謝し、明日が素晴らしい日々でありますように、祈っております
ヾ(@^(∞)^@)ノ


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