(戦争と平和1555)平和祈念式 | ☆ワシの終活☆

(戦争と平和1555)平和祈念式

今日は、8月6日、広島で平和祈念式がありました


去年は台風の影響で雨が降っていました


今年は、酷暑が続き、式典も参列者のために日よけのテントがもうけられていました


70年前も、暑い日だったと思います


この平和「祈」念式


NHKのテロップは、今年もまた「平和「記」念式典」になっていました


新聞のテレビ欄は見ませんでしたが、ネット記事をチェックすると記念式典となっている新聞もあり、祈念式としている新聞もありました


記念式典


「平和の記念日」とでも言いたいのでしょうか?


この日は、平和を祈り願うのでしょう!


平和ボケした日本人は、この日を他の記念日と同じ、単なる思い出の日にしてしまうのでしょうか?


70年間、被爆者が訴え続けても、継承されないものが数多くあります


日本人の意識が陳腐化しているのを恐ろしく感じます(これは、福島第1原発の事故についても同じです)


人間というのは、その特質・性質などの物理的なことは遺伝子によって継承できるのに、経験は継承できません


もしかしたら、原爆の傷跡は遺伝子の傷跡となって継承しているかもしれないですが…


(研究によると被爆の遺伝は無いと言われていますが、ある研究によると、それは科学的に証明されていないと言っています)


やっぱり、同じ過ちを繰り返してしまうのでしょうか?


東日本大震災で起こった原発事故は同じ過ちの一つと考えるべきでしょうか?


以前、祈念式で、子供代表の平和の誓いの言葉の中に


「辛いことを経験することはできないけど、想像して共存することはできる」


と言う言葉がありました


良い言葉だと思います


相手の身になって考える人間だからできること


だから、同じ過ちを繰り返さないようできるはず


被爆者がこの世からいなくなる時にこそ、さらに繰り返し、原爆の事実を継承して行かねばならないと思います


誰かがやらねば、誰も知らなくなってしまう


知らないことこそ、恐ろしいことです


知らないから、過ちが起こってしまう


このアメブロのブロガーさん達で、どれだけ、この日、平和について考えたでしょうか?


ほとんどの人たちが、日常生活の延長であり、素通りでしょう


仕事をしていれば、学校に行っていれば、家事で忙しければ、育児で忙しければ、介護で忙しければ、しょうがないかもしれません


でも、どこかで、平和について考えて欲しい


平和について、意見を戦わせるのはいいと思います


それでお互いを知ることができるのだから


平和だから、今、生活できるのだと言うこと認識してください


この平和はもろいものだとと言うこと認識してください


そして、その平和を脅かす核兵器は、まだ、この世に存在すると言うこと認識してください

この日を単なる歴史の一行に終わらせてはいけません


「核兵器(放射性物質)と人類は共存できない」


(去年・一昨年・3年前・4年前の記事を一部引用しました)


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最後までお読み頂き
ありがとうございます♪
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そして、今日誕生日のすべての人へ
お誕生日、おめでとうございます!!
これからはじまる一年が、健やかな日々でありますように。
そして、今日あることに、みなさまのご先祖様に感謝し、明日が素晴らしい日々でありますように、祈っております
(´0ノ`*)


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