(地震・災害関係1510)あの大火砕流から24年…
雲仙・普賢岳の大火砕流から24年
今年もまたこの日が来ました
長崎県の雲仙・普賢岳で43人が犠牲となった大火砕流発生から6月3日で24年
毎年、この日になると思い出し、同じ文章を反芻します
自分は、現在茨城県に住んでいますが、当時は九州地方の地震や火山の観測関係の仕事に関与していました
当時、自分は福岡にあった会社の支店に勤務しており、普賢岳のふもとにあった九州大学の地震火山研究所に仕事で訪れていました
普賢岳に噴火の兆候があることは、研究所に行くたびに先生より聞かされました
研究所の先生たちは、事前に普賢岳に入り計測器の設置を行っており、現場の写真もいくつか見せてもらいました
そして、自分もその測定器の設置作業に行こうかと思っていた矢先に、最初の噴火が起こりました
それから、あの犠牲者が出た大火砕流の発生…
もし、噴火のタイミングが違っていたら、真っ先に自分も犠牲になっていたかも…
自分のいた会社の人間も大火砕流発生以降、決死の覚悟で観測機器の設置工事をしたことを覚えています
その後、自分も気象庁の測候所に新たな観測機器の設置工事を行うために作業員として入り、徹夜で作業をしました
その測候所には、火砕流を監視する赤外線カメラのモニタなどが設置されており、夜中、作業していると、火砕流の発生で赤外線カメラのモニタが真っ赤になる光景を作業しながら何度も見て恐ろしく思ったものです
どの自然災害においても、決死の思いで、働く人々は何処にでもいます
東日本大震災における福島第一原発事故で決死の思いで働く人たちだってそうだったはず
現場はいつも決死の思い
「口永良部島で観測機器6台がダウン…落雷で停電(Yomiuri Shimbunより、2015年6月)」
気象庁は6月2日、爆発的噴火のあった鹿児島県屋久島町の口永良部島で停電が起き、同庁や研究機関が設置している観測機器計6台が使えなくなったと発表した
復旧には九州電力による現地作業が必要で、同庁は「地震計1台でも噴火を把握できるが、観測精度は大幅に下がる。早期の復旧を要望している」としているようです
この復旧も決死の覚悟で現場作業に出かける人がいると思います
そんな人たちを考えて欲しい
でも、それがわからないのが、中央にいる偉い人たちや事務員達
一般の人だって…
この差は何なのだろうかといつも思います
東日本大震災でも、津波の直前に決死の覚悟で避難に携わり、多くの人が、津波に呑まれてしまった
「津波の直前、5人を助けた工藤盛人君を忘れない(共同通信より、2015年6月)」
東日本大震災の当日、福島県いわき市の高校2年工藤盛人君(当時17歳)は、介護が必要なお年寄りら5人の避難を手伝った後、津波にのまれ亡くなったそうです
その勇敢な行動を語り継ごうと紙芝居が作られたようです
それぞれ書かなければ、みんなその気持ち・事実を忘れてしまう
だから、みんな記録に残すのだと思う
原爆だって同じ
戦争、災害、事故、それぞれ、小さな出来事であればあるだけ、みんなの記憶から消えて行く
雲仙・普賢岳の大火砕流だって、その事実をみんな忘れてしまっているのでは無いかと思ってしまう
だから、現場にいて、知り得たことを自分は毎年繰り返す
(去年・一昨年の記事を引用しました)
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最後までお読み頂き
ありがとうございます♪
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そして、今日誕生日のすべての人へ
お誕生日、おめでとうございます!!
これからはじまる一年が、健やかな日々でありますように。
そして、今日あることに、みなさまのご先祖様に感謝し、明日が素晴らしい日々でありますように、祈っております
(°∀°)b
