(戦争と平和1468)二重被爆
去年の記事をひつこくもう一度
去年(2013年)にヒストリーチャンネル(NHKハイビジョンで放送されたものの再放送)で放送されたドキュメント「ヒロシマ・ナガサキで生き抜いた記録 二重被爆」を見ました
1945年8月6日、広島で被爆
そして、300キロも離れた長崎へ移動して、3日後の8月9日にもう一度被爆した人々がいました
そんな二重被爆を経験された一人の山口ツトムさんを追跡取材したものでした
山口さんの場合は、広島は出張先であり、長崎は故郷だったということです
そんな二重被爆の実態も、世間では知られることは無かったと思います
それも、二重被爆者たちが、語り継ぐことが無かったのも原因だったかもしれません
家族に迷惑がかかると思って口を閉ざしていたとも言います
被爆者が口々にする、二度と思い出したくないと言う気持ちもあったと思います
戦後、60年間語ることは無かった山口さんは、後世に語り継ぐ「命のバトンタッチ」として語り始めたと言います
国連でも山口さんは非核について訴えています
そんな、山口さんはあの有名なジェームズ・キャメロン監督に2009年自分の話を聞いて欲しいと手紙を書きました
念願かなって、2009年12月、山口さんとジェームズ・キャメロン監督は会いました
そんな山口さんも2010年1月4日に亡くなりました(享年93才)
二重被爆を経験された貴重な被爆者が亡なりました
(これらは、ドキュメンタリー映画「二重被爆」で見ることができます。レンタルはされていないでしょうね)
二重被爆のことを知りたくて、図書館でロバート・トランブル著「二重被爆者9人の証言者 キノコ雲に追われて」と言う本を借りて読みました
本を読んで、意外に二重被爆者が多いことに驚きました
広島・長崎には、三菱重工業があってその社員が多く二重被爆しているのも原因かもしれません
本では、山口さんを含めて9人の二重被爆者たちの証言をとっていますが、それ以外に9人の二重被爆者がいると言います
(最終的には、現在、165人の二重被爆者がいらっしゃると言うことです)
二重被爆者の存在は、戦後60年間の間、歴史の中に埋もれていたと言うことです
終戦10年後、一人のアメリカ人ジャーナリストであるロバート・トランブル氏が二重被爆者9人の証言をとって記録したのが、この「二重被爆者9人の証言者 キノコ雲に追われて」と言う書物でした
その記録も、2009年に明らかになったと言うことなので驚きです
被爆者はいまや日本全国いや世界に散らばっています
次男が通っている高校のOBにも、被爆者がいらしゃったのも最近知ったばかりです(長男が通っていた頃です)
さらに、福島第一原発事故周辺で、放射能被害を受け、原発による「被曝」(被爆じゃないよ)を受けた被曝者もいらっしゃると言います
かれらの存在を知り、その事実を知り、それをふまえた上で、私たちは「放射性物質と人類は共存できない」と言うことを強く認識するべきでしょうね
そして、核物質として人工的に濃縮された放射性物質の無い世界にしたいものです
(自然界に、放射性物質は、身の回りにごく当たり前にあるのですが…)
さて、これらのことをふまえてキャメロン監督は本当に反核を訴える映画を作るのだろうか?
- キノコ雲に追われて―二重被爆者9人の証言/ロバート トランブル
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(去年・一昨年の記事をそのまま引用しました)
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そして、今日あることに、みなさまのご先祖様に感謝し、明日が素晴らしい日々でありますように、祈っております
(・∀・)
