(戦争と平和1424)国民への責任 | ☆ワシの終活☆

(戦争と平和1424)国民への責任

「(集団的自衛権)戦地へ、自衛隊葛藤 隊員らの思いは 覚悟している/運命もてあそぶな(朝日新聞デジタルより、2014年7月)」


7月1日、自衛隊は発足60年を迎えました


そんな時に、集団的自衛権の閣僚決議がなされました


まだ、関連法が改定されていないために、すぐに、自衛隊が対応する案件は出てこないと専門家は言いますが…


現場の自衛隊員は一番困惑していると思います


「危ないところに行くことは、すでにある程度、覚悟している」と言っている陸自自衛官も「撃たれたら終わりだから」と不安を見せる


また、「求められ、命じられればその責任を果たすのが自衛官だ」と言っている空自自衛官も「政治の議論からリアリティーを感じない」と言っている


でも、「俺だって、自分の子どもを戦地に送る機会が増えるようなことはごめんだ」と言っているのが本音だろう


6月初めに政府が戦闘地域での活動を認める新基準を示し、その後、公明党の反発で翌日には一転したとき「議論の軽さ。我々の運命がもてあそばれていると思うと快くなかった」と感じたらしい


幕僚長経験者の一人は「戦場に近い場所で隊員が死亡したときに、その死をどう考えるのか。政治家に、国民に受け入れる覚悟はあるのか」とも言っているらしい


自分は、仕事の関係で、ずいぶん、防衛省や各駐屯地そして研究所や自衛隊学校の自衛官と係わりました


彼らも、今は、ベテランになって幹部になっている人が多いと思います


もし、声がかかれば、戦地に行くということもあるだろうか?


かかわった自衛官は、特科部(大砲関係の部隊)の自衛官や技官(技術事務官)なので、彼らはすぐに行くと言うことは考えられないのだが…


知った顔が、もし、テレビに映るようなことになると、ちょっと複雑な気持ちになると思う


自分が係わった装備品は、後方支援装置が多かったために、それが使われることになれば、それは戦争が始まると言うことを意味すると思います


誰一人として殺さず、一人として戦死者を出してこなかった自衛隊


もし、知人に何かあれば…


政治家や一般の人たちは、迫り来る実感は無いと思う


そして、自衛官が出向くところメーカの影あり


カンボジアのPKOは、自衛官派遣は公に報じられましたが、実際は極秘で、メーカも現地に出向いていたと思います


自分の上司達も決死の覚悟で、現地に出向いた関係者だから…


この集団的自衛権は、すべての日本国民を巻き込んで行くような気がしてなりません


そして、あの大きな戦争の時と同じように、最後のしわ寄せは、また、子供達に行くのではないでしょう?

そして、恐いのは、死者が出て、その死者の数が増えてきたとき


人々が、ひとの死に、慣れてしまうことがないだろうかと言うことです


度々起こっている、交通事故死のように…


まさか、武装増強に進んでしまわないか?


それこそが戦争への道に続いてしまう


今は、わずかなダムの漏れかもしれませんが、それが崩壊につながらないともかぎりません


これから国民一人一人に課させる責任は非常に重くなると思います


政治家の議論だけでなく、国民一人一人が命に対して責任を持たないとすまされない


それが、今の平和を守るということにつながる


でも、国と国との折衝はあくまで外交交渉


どんな卑劣な国や団体であっても交渉は必要


外交交渉に「ラストワード」は無いということを肝に銘じてもらいたい


最終手段に手をかけないためにも


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最後までお読み頂き
ありがとうございます♪
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そして、今日誕生日のすべての人へ
お誕生日、おめでとうございます!!
これからはじまる一年が、晴れやかな日々でありますように。
そして、今日あることに、みなさまのご先祖様に感謝し、明日が素晴らしい日々でありますように、祈っております

(・∀・)


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