(戦争と平和1372)伝えると言う事 | ☆ワシの終活☆

(戦争と平和1372)伝えると言う事

戦後68年がたち、戦争経験者は高齢化しどんどんいなくなる


戦争を知らない世代が多くなる


歴史の教科書や本では戦争のことは書いてあっても、それは抽象化した出来事の1行でしかない


感情がない


だからこそ、戦争というものを理屈ではなく、気持ちで伝える必要があると、いろんな人がいろいろな方法で伝えようとしている


人間の遺伝子は、生物学的な特質は継承できても、経験は遺伝できない


だから、ひとは、活字や絵でそれを伝えようとしている(音楽もあるだろか?)


活字で伝えるもの、絵で伝えるもの、そして、直接語って伝えるもの


様々な方法があるだろう


でも、百聞は一見にしかず


どんな多彩な文章でも、一枚の絵、写真、映像に勝るものはないだろう


茨城では、被爆者では無いにもかかわらず毎年、8月6日に広島に出向き、原爆ドーム前で道行くひとに一筆絵に入れてもらいみんなの鎮魂の祈りを込める作品を作っている画家:山﨑理恵子さんがいらっしゃる


それも一つの方法だろう


でも、それらの絵を管理・展示するには、なかなか今の人の賛同を得られず苦しんでおられる


伝えようとしているのに…


被爆者であり漫画家だった中沢啓治さんは、父が日本画家だったこともあり、絵に興味があり、漫画と言う手法で、ひとびとに気持ちを伝えようとした


有名な漫画「はだしのゲン」


もともと、彼は、母の死去を切っ掛けに、アメリカ憎さで、他の漫画は書いていた


でも、ゲンは、あの少年ジャンプの要請でゲンを書くようになった


中沢さん曰く、「見てきたものは、あんなものじゃない」


漫画でさえ描ききれない酷い光景があったと言う


そんなものを描ききれない漫画も、彼が亡き今、倫理的な問題で、その伝承はたたれようとしている


今は亡き新藤監督は、映像を使って、その気持ちをひとびとに伝えようとした


ドキュメント映像は、もっとリアルに伝わるが、怖さだけが伝わり、気持ちが伝わらないことがある


そこに、感情を入れて、言いたいことを映像にぶつける


それでも、それは人々にグロテスクに写り、敬遠される場合がある


広島の平和記念館の被爆人形の撤去の有無にしたって、同じこと


記念館式典を行い、みんなに気持ちを忘れないようにする


(「記念」では無く、「祈念」と思うのだが…)


被爆者はみなあの日を永遠に忘れることができない


だから、記念式典には同じ思いで出席し、かかわる


でも、被爆者でないまわりの人々はどうだろうか?


広島・長崎と同じように大勢の犠牲者を出して東京大空襲の祈念式は、戦争を知らない世代の関心が薄いように感じる


習慣化し、マンネリ化すれば人々は批判をし始める


経験したものと、経験しないものの温度差が、そんな行為を起こさせる


気持ちを伝えるとは難しいとこだ


いまのひとは、いかに、当時の人の立場にたち、その気持ちを感じる事ができるか


これは理屈では、解決できない


そして、気持ちが伝わり、相手の立場を想像し、わかることができれば、争いは回避できる


感情を持つ人間だから…


目を背けず、先人たちの伝えると言う気持ちを感じとってほしい


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最後までお読み頂き
ありがとうございます♪
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そして、今日誕生日のすべての人へ
お誕生日、おめでとうございます!!
これからはじまる一年が、晴れやかな日々でありますように。

('-^*)/