(戦争と平和1329)6月22日は、あるエンジニア(航空技術者)の誕生日 | ☆ワシの終活☆

(戦争と平和1329)6月22日は、あるエンジニア(航空技術者)の誕生日

6月22日は、零戦の設計技術者堀越二郎(ほりこしじろう、1903年6月22日 - 1982年1月11日)の誕生日


今は亡き堀越二郎さんは、第二次大戦中の戦闘機「零式艦上戦闘機」(ゼロ戦)の設計者であり、昭和期の日本の航空技術者です


ゼロ戦については、設計者というより、ゼロ戦開発設計のプロジェクトリーダであり、製造をも兼ねる設計チームの主任であったと言うべきでしょう


終戦後、日本初の国産旅客機YS-11にも、今は亡き木村秀政先生とともに設計に携わりました


設計者というのは、とかく、視野が狭くなり(俗に言う設計バカ)、ひとつの技術に執着してしまうものです


しかし、ものつくりとは、あらゆる方面にアンテナを張り巡らし、浅く広い知識により、製品の方向を位置つけて行くものだと自分は思っています


そして、発想の転換のできる柔軟な頭と最後まであきらめない心を持つ人間こそが、世に残るものを作り上げているように思います


現にゼロ戦設計において、堀越二郎氏は、当時にそむいた操縦系統を採用して成功しています

(詳しくは、佐貫亦男著「飛行機の本」を参照されたし)


自分のように凡人は、全然、こんな境地には達していません


だからこそ、一人の技術者として、堀越二郎氏を尊敬しています


そして、同じような人間である故本田宗一郎氏にも同じことが言えると思っています


資源の無い日本だからこそ、ものつくりニッポンとして生きて行くために、このような技術者が若い人からどんどん出てきてもらいたいと思うのです


今、所沢航空発祥記念館には、唯一飛べるゼロ戦(零式艦上戦闘機五二型)が展示されています


残念ながら所有者はアメリカの民間会社であるために夏を過ぎるとアメリカに帰ってしまいます


自分は、そのゼロ戦が1995年に自分が住んでいる街の隣町に来て上空を飛んだのを見ています


堀越二郎氏の培った技術が継承された飛行機


残念ながら、ゼロ戦は血塗られた歴史の中で悲しい運命をたどってしまいました


でも、技術は、今、我々に幸せを運んできてくれていると信じています


その魂の宿ってるゼロ戦にこの夏、また、会いに行こうと思っています


(去年・一昨年・三年前の記事を引用しました)


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最後までお読み頂き
ありがとうございます♪
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そして、今日誕生日のすべての人へ
お誕生日、おめでとうございます!!
これからはじまる一年が、晴れやかな日々でありますように。
ヾ(@^(∞)^@)ノ