(地震関係1329)決死の思い
雲仙・普賢岳の大火砕流から22年
今年もまたこの日が来ました
長崎県の雲仙・普賢岳で43人が犠牲となった大火砕流発生から6月3日で22年
毎年、この日になると思い出し、同じことを書きます
自分は、現在茨城県に住んでいますが、その当時は普賢岳の噴火に直接関与していました
当時、自分は福岡にあった会社の支店に勤務しており、普賢岳のふもとにあった九州大学の地震火山研究所に仕事で訪れていました
普賢岳に噴火の兆候があることは、研究所に行くたびに先生より知らされていました
先生たちは、事前に普賢岳に入り計測器の設置を行っており、現場の写真もいくつか見せてもらいました
そして、自分もその測定器の設置作業に行こうかと思っていた矢先に、最初の噴火が起こりました
それから、あの犠牲者が出た大火砕流の発生…
もし、噴火のタイミングが違っていたら、真っ先に自分も犠牲になっていたかもしれません
自分のいた会社の人間も大火砕流発生以降、決死の覚悟で計測器の設置工事をしたことを覚えています
その後、自分は気象庁の測候所に新たな計測器の設置工事を行うために作業員として入り、徹夜で作業をしました
その測候所には、火砕流を監視する赤外線カメラのモニタなどが設置されており、夜中、作業していると、火砕流の発生で赤外線カメラのモニタが真っ赤になる光景を作業しながら何度も見、恐ろしく思ったものでした
どの自然災害においても、「決死の思い」で、働く人々はいらっしゃいます
東日本大震災における福島第一原発事故で決死の思いで働く人たちだってそうだったはずです
現場はいつも決死の思い
でも、それがわからないのが、中央にいる偉い人たちや事務員達
この差は何なのだろうかといつも思います
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最後までお読み頂き
ありがとうございます♪
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そして、今日誕生日のすべての人へ
お誕生日、おめでとうございます!!
これからはじまる一年が、晴れやかな日々でありますように。
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