(カープ12156)10月25日は、元プロ野球選手・元プロ野球監督(広島東洋カープ)の誕生日
10月25日は、現WBC監督山本浩二(やまもと こうじ、1946年10月25日)の誕生日
今の若いカープファンにとっては、山本浩二と言えばは今WBC監督であるように監督の姿しか見ていないかもしれませんね
でも、自分にとって山本浩二は現役バリバリのミスター赤ヘルであり、カープの4番バッターのイメージが強いのです
「打てよ!、ホームラン!、大空!、高く!、かっ飛ばせー!、コージ!」
選手に向けての歌が出来たのも、山本浩二が最初ではないでしょうか?
カープには数多く攻走守三拍子そろった素晴らしい選手がいますが、山本浩二は盗塁こそ多くないですが攻走守三拍子そろった素晴らしい選手だったと思います
一時期イチローがレーザービームで強肩と言われていましたが、市民球場が狭かったことを差し引いてもセンターからの浩二のバックホームはレーザービームだったと記憶しています
その頃、カープの外野手は強肩揃いで(センター:山本浩二、ライト:ライトル、レフト:デュプリー又はガードナー)、犠飛ではホームに返さない守備で、投手を助けていたと思います
今のカープ選手はどうでしょうか?
廣瀬選手は強肩だけどねえ
でも、この時代にはかなわなかったかもしれませんね
そして、何と言っても、浩二の醍醐味は、ホームラン!!
ここで欲しいという時に、かならずホームランを打ってくれました
(カープの四番には今もそれを求められると思います)
市民球場では、浩二のホームランが見たくていつも敵の応援席近くのレフトスタンドによく陣取ったものです(後楽園球場(今はありません)、神宮球場、横浜スタジアムでは、当然、レフトスタンドでした)
残念ながらホームランボールを捕球することはできなかったけどね
その当時のホームランバッターはTの田淵或いは掛布でしたが、田淵の高い飛球のホームランに比べて、浩二の打球は、球が揺れて伸びてくる弾丸ライナーが多かったことを覚えています
(栗原選手の打球はそれに近いかもしれませんね。堂林選手の場合はどうなのだろう?)
そして、何よりも魅力なのが、レフト・センター・ライト関係なく打ち分けられるホームランの広角打法だったと思います
そんな浩二が2000本安打を達成した昭和59年(1984年)5月5日の後楽園球場!!
行きましたよ!!
写真も撮りまくりました(どこにいったかわからない。写真を整理した時はあったのだがねえ)
浩二の後、攻走守そろったホームランバッターはいまだに出てきていないと思います(個人的意見)が…
長距離バッターの出現にいつも浩二をだぶらせてしまうのはしょうがないものかなあ?
堂林選手はどのように化けるのかなあ
これは、1975年カープ初優勝の時に、古江の駅前にあったスーパー「ふじや」のちらし(34年前のちらし)の裏に印刷された浩二の打撃ホーム写真(サイン入り)です↓
「これがオレの野球人生だ」(1986年初版)↓
自分の年代では、浩二がカープの永遠のヒーローなのかもしれません
さあ、浩二、今度は、WBCで男泣きできるかなあ
(カープ初優勝の時の浩二の男泣きは感動ものでした)
(3年前の記事を引用しました)
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最後までお読み頂き
ありがとうございます♪
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そして、今日誕生日のすべての人へ
お誕生日、おめでとうございます!!
これからはじまる一年が、晴れやかな日々でありますように。
ヾ(@^(∞)^@)ノ
